AgneiyaIV
白薔薇の惑い 
3.ぐんぐん惹かれる


 姉上、と呼ばれる度に胸が痛んだ。つきりとした痛み、これはいったい何だろうと思う。
 慣れない旅で体調を崩したのだとシェリルは言い、
「お医者様を呼びましょうか?」
 公子に同行してきた医者を呼び立てたのだが。
「少し、お疲れのようですね」
 何処も悪くはない、風邪すらも引いてはいないと医師は診断した。シェリルはその答えに不満らしい。
「セグのお医者様は、藪でいらっしゃいますね」
 ひそ、とソフィアの耳元で囁く。そこに公子がやってきたので、シェリルは顔を赤らめた。今の言葉が聞こえていなかったか、公子の顔色を窺うように首をすくめる。その様子が可笑しくて、ソフィアは小さく笑った。
「体調が優れないと伺いましたが」
 不安げな公子の表情に、ソフィアはかぶりを振った。
「大したことはないそうです。疲れが出たかもしれない、と」
「それは……ご無理をさせてしまいましたね、申し訳ございません」
 少し、日程を遅らせましょうと彼は言う。
 言葉通り、行程はのんびりとしたものとなった。
 経路も当初予定されていたものとは異なり、若干の周り道にはなるが、と、風光明美な土地を選んで其々の街に一日ずつ滞在しながらの道行である。ソフィアの体力も回復し、顔色も見る間に健康的になった。なにより、旅路が長引けば、より長い時間公子と共に居られる――それが嬉しかったのだ。
 決して言葉が巧みなわけではない、女性の扱いに長けているわけでもない。
 容姿も、飛び抜けた美形ではない。
 それなりに整い、品のある貴公子然とした顔立ちをしてはいるが、思わず身惚れるほどの麗しさは持ってはいなかった。無論、母后の傍に侍る、麗人と称されるこの世ならぬ美貌を備えた神官と比べれば、どの男性、否、女性ですらも霞んでしまうだろう。シェリル自慢の婚約者ですら、あの神官には適わない。
 公子シリウスには、人としての温かさがある。上に立つ者としての矜持がある。
 次期大公の地位は兄に譲って、自分は地方の領主としてのんびりと暮したい。彼はそんなことを話していた。
「父は、兄を後継にするために、大国の姫君を望んだのです」
 兄思いの公子の言葉に、ソフィアの胸がまた、痛んだ。
 嫡流であるのに、次男というだけで妾腹の兄に後継の座を明け渡すという。なんと欲のない青年だとソフィアは驚くと同時に寂しかった。
 ソフィアの花婿が、セグの次期大公であるならば。
(この公子様が大公になられればよいのだわ)
 ふと、そんなことを考える――考えて、はっとした。

 それが、どれほど危険な思いか。


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