AgneiyaIV
白薔薇の惑い 
1.出会ってしまった


 思えば、あれは運命だったのかもしれない。
 けれどもそうなのだとしたら、運命の女神はなんと残酷なのだろう。




「お会いできて、光栄です」
 そう言って、彼は礼儀正しく一礼した。シリウス・エミリアン、セグ大公の第二子である。母が南方の旧ミアルシァ領出身のためか、彼の名も何処かしらミアルシァ風の響きを持っていた。シリウス様、そう呼びかけた方がよいものか、それとも、エミリアン様か。ソフィアが迷っていると、彼は柔らかく表情を崩した。
「どちらでも。お好きに呼んでくださって構いませんよ、未来の姉上」
 姉上――ソフィアの心が、チクリと痛んだ。
 この青年の兄に自分は嫁ぐのだ。判り切っていることなのに、今初めて実感した。
「あ……」
 苦しく押しつぶされそうな胸を押さえ、ソフィアは軽く喘ぐ。背後に控えていたシェリルが不安げに声をかけてきた。
「姫様?」
 なんでもない、そう言おうとしたが、声が出なかった。それを、体調を崩したと思ったのだろう、第二公子は
「こちらへ」
 と一際巨大な天幕へと彼女を導く。王族の専用とされているであろうその場所には、帳によって幾つかの空間に仕切られており、中の一つには簡易ながらも寝台まで用意されていた。既に配置されていた数名の侍女が、公子に伴われて現れた異国の皇女に深々と頭を下げ、
「今宵は、此方でおくつろぎくださいませ」
 僅かに訛りの混じった公用語で挨拶を述べる。




「優しそうな御方ですわね」
 シェリルと二人きりにしてほしい、その願いを公子は叶えてくれた。
 ゆったりとした部屋着に着替え、化粧を落としたソフィアは、寝台の端に腰かけ、シェリルの為すままに髪を梳いてもらっている。カルノリアに多い金糸の髪、けれども、これほどまでに豊かで艶やかな髪を持つ乙女は、帝国広しとも他に誰一人としていないだろう――皆がそう言って、褒めそやす。それだけではない、白磁の肌に鮮やかな新緑を思わせる翠の瞳、薔薇の花弁を思わせる紅を引かずとも十二分に赤く瑞々しい唇、ソフィアほどの美を持つ娘はこの世の何処にもいない、とも。
 ユリシエルの華、カルノリアの白薔薇と讃えられる彼女を、妻にと望む貴族は多かった。国内に限らず、国外からも数多の縁談が寄せられたが、結局父が選んだ花婿はこのセグの第一公子だったのだ。
 セグは、永世中立を謳う国である。戦が興ったとしても、戦禍に塗れることはない。心優しきソフィアが、生涯穏やかに過ごすことが出来るように、父は願ったのだ。  それでも、二人の姉のように国内貴族に降嫁したかった、と思うのは、我儘だろうか。

 ――ソフィアは、ユリシエルに居ない方がいい。

 そう言って寂しげに笑った父の、思惑が何処に在るのか。考える先には、暗い想像が横たわる。宮廷内の口さがない雀たちが言うように、自分の出自は疚しいものなのではないか、母の不義の果てに生まれた娘なのではないかと、生母を疑ってしまうが。そんな自分に嫌悪を催す。


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