AgneiyaIV
第四章 虚無の聖女 
9.比翼(5)


「ジェリオはもう、発ったのか?」
 ディグルの問いかけに、サリカは手にしていた碗を取り落としそうになった。慌てて手に力を込め、合わせて匙も握り直すと、
「ええ、昨日の朝早く」
 努めて冷静な口調で答えを返す。
 食事の介助をしている最中に、何を訊いてくるのだろう――本当に、心臓に悪い。サリカは嫌な音を立てて走り始める心臓を押さえるように、そっと呼吸を繰り返した。ディグルには、とうに気付かれているのだ。サリカとジェリオが、只ならぬ仲になっていることを。知っていてなお、見て見ぬふりをしているのは、彼が寛容だからか、それとも、サリカに『世継ぎ』を生んでほしいからか。
 以前、エリシアもそのようなことを匂わせていた。ディグルが認め、サリカも承知であれば、ジェリオとの間に子を為すべきだと。その子をディグルの子として、世継ぎにするのだと。

 ――王家の秘密。よくあることだわ。

 エリシアの言葉通りだった。王国貴族の間では、公然の秘密とされる、後継者の確保方法。
 ディグルは、子を為せない。そもそも、女性に触れられない。口付けと前戯に近い戯れまでしか進むことが出来ない。最も心許せる存在であると言いきったサリカにさえ、それなのだ。他の女性は言うに及ばぬ。
 けれども、サリカもディグルから病を得てしまった。内戦状態の現在では、ゆるりと静養することは許されぬが、皆、それなりに気を使ってくれている。だからこうしてディグルの介護に当たる回数も、サリカは極端に少ない。
「サリカ、あとは私がやるわ」
 エリシアに声をかけられ、
「いえ、もう少し」
 サリカはかぶりを振った。せめて、少しは妻らしく振舞いたい。
 皆の手厚い介護もあってか、ディグルの病状は奇跡的に回復しているのだ。完治は不可能だが、少なくとも日に数刻は床を離れることができるまでにはなるだろう。保養地としても名高いアーディンアーディンの空気が、病魔を払ってくれたのかもしれない。
 しかし、いつ戦況が変わるとも限らない。日々、不安が晴れることはないのだ。
「無事に、着くとよいが」
 ディグルなりに、弟を案じているのだろう。その不器用さが、何処か微笑ましい。
「巫女姫に、占わせたのか」
「いいえ」
「意外に、あっさりしているのだな。サリカは」
「ディグル?」
「もう少し、女は不安を覚えると思ったが」
 旅立つ恋人の平安を願い、占いや祈りに頼るものだと思っていたと彼は言う。それは、サリカも考えないでもなかったが。
「彼は、大丈夫」
 毅然と夫に笑顔を向けた。
 ジェリオの耳には、サリカの贈った耳飾がある。あれは、持ち主に幸運をもたらすとされる石だ。運と閃きを助ける守り石。あれがあれば、ジェリオは大丈夫だと思う。それに。
 サリカは軽く唇を噛んだ。
 まだ、ジェリオの感触が残っている。
「おまえは、本当にあの男が好きなのだな」
 ディグルの苦笑に、目を見張る。そんなことはない、と否定するものの、
「下世話な、市井の言葉では『ぞっこん』というのか。エーディトが言っていた」
 続く台詞に顔を赤らめる。エーディトが、余計なことをディグルに吹き込んだのだ。しかも、品のない言葉まで教えて。彼が戻ってきたらただでは済まない、とサリカは密かに拳を固めた。


「本当に、良かったのかしら」
 アデルが食器を下げ、サリカも合わせて退室しようとしたときだった。エリシアが半ばひとりごちるように、サリカに話しかけたのは。
「義母……上?」
 目を細めたサリカに、エリシアは軽くかぶりを振る。
 ジェリオをセグに行かせてよかったのか、後悔はしていないのか、そうエリシアは尋ねているのだ。サリカも、まるきり後悔していないと言えば、嘘になる。セグには、ジェリオの初恋の人がいるのだ。今もなお心の傷となっている女性、ソフィアが。彼女の影が、カイラの術を増幅していた。そう思うだけで、心の奥からどろどろと汚いものが溢れてくるような感覚に陥る。理不尽な目に遭っている嘗ての想い人を目の当たりにしたジェリオが、どのような行動を取るのか――想像など、したくはなかった。
 昨夜見た夢の中では、ジェリオはソフィアとともにカルノリアへ帰郷していた。大切な姫君を奪還した英雄である彼を、シェルキス二世は讃え、彼にソフィアを与えると。そう宣言していた。
「あの子はイルザと決別するつもりで、セグへ行ったのでしょうけど」
 続く言葉は、聞きたくない。
「政務に戻りますので」
 サリカは礼をし、エリシアの前を辞した。


「――妃殿下の方が、お綺麗に決まっていますよ」

 私室へと向かう道すがら、アデルがぽつりと呟いた。サリカは思わず、侍女を振り返る。アデルは胸の前で拳を固め、
「ソフィア姫よりもずっと、ずっと……妃殿下の方が、素敵です」
 強く主張する。
 アデルが、ソフィア皇女の顔を知るはずもない。彼女の言葉はほんの気休めにしか過ぎないのに。何故か、嬉しかった。ジェリオは確かに面食いだが、女性を選ぶ基準は、容姿の美醜ではないはずだ。どれだけ美しくても、高慢な女性は敬遠していた。ならば、彼はどのような女性が好きなのだろう。遊びではなく、生涯の伴侶として選ぶのは。
 判らなかった。
 彼の心が、判らなかった。
「ありがとう」
 笑顔でアデルの慰めに礼を言うが、心には重く低く雲が垂れこめている。
「そんなにご心配でしたら、巫女姫に占って戴きましょう。さっき、殿下も仰っていたじゃないですか」
 地金が出て、砕けた言葉になったアデルが、「ね」とサリカを促す。男心が判らず不安になったら、占い師を頼るべきだ――そう言っていたのは、メリダだったか。

 ――大丈夫よ、ジェリオは独り身だから。
 ――あら、そのことじゃないの?

 アンディルエの占い小屋の前で交わされた会話を、思い出す。
 あのとき、イリアに占ってもらえばよかったかもしれない。そんなことを考えて、
「そう、ね」
 サリカは頷いた。


 とはいえ。
 神聖帝国の祭りごとを司る巫女姫に恋占いをさせるなど、おこがましいにもほどがあると一喝されても仕方がない。サリカは迷った挙句、別の形でイリアに依頼をすることにしたのだが。
「ソフィア大公妃?」
 セグ大公妃の運命を知りたい、そう切り出したサリカを、イリアはきょとんとして見つめた。サリカの背後に控えたアデルは「あーあ」と言わんばかりに天を仰いでいる。
「いいけど、でもなんで、ソフィア大公妃?」
 シェラのことじゃないの、と、イリアは若干不満そうであった。
「シェラのことは、イリアが時々占っているでしょう?」
 図星だったらしく、巫女姫は「ぐぅ」と黙り込む。イリアが手慰みの占いで、シェラやアンディルエの巫女たちの様子を占っていることは知っていた。イリアの表情が優れないときは、誰かの身に何かがあったときであり、笑顔がいつもより輝いているときは、状況が好転しているときだった。いつであったか、彼女が酷く落ち込んだ様子だったときに声をかけると、

 ――ロエラがね。

 言ったきり、口を噤んでしまった。
 ユリアーナと共に、常にイリアの傍近くにいた巫女である。今は、先代の巫女姫であるエリヤと共にエランヴィアに潜入していたはずだった。その、ロエラが――。
 サリカは、それ以上は訊かなかった。
「ソフィア姫は、シェラの従姉でしょう? 無事なのか心配で」
 我ながら、陳腐な台詞だと思う。サリカは偽善的な己を、心の中で自嘲した。
 確かに、シェリルの訴えを聞いてのち、ソフィアのことは気にとめていた。夫を殺され、その殺人者に捕らえられ、辱めを受けていた哀れな姫君。出来ることなら一刻も早く救いだしたい、そう思っていたのは嘘ではない。
「そう」
 イリアは訝りながらも、札を取りだした。アデルに指示し、床の上に光沢のある布を広げさせ、その上に札を乗せていく。手持ちのものを全て使うつもりか、両手を広げても余りある布の上は、札で埋め尽くされた。国家の未来を占うものではない、恋占いに近い単純な占いだとイリアは言う。
「沐浴も集中もしていないから、すごく簡単なものになるけど」
 それでも、天下の巫女姫の占いである。街の占術師とは訳が違った。
 彼女の占いを見慣れているはずのサリカやアデルも、居住まいを正し息を殺す。神経を研ぎ澄ますイリアの邪魔をしてはならない、と、瞬きすら憚られた。
「ルフィーナ・イルザ・ソフィア・イリーナ」
 ソフィアの正式名がイリアの唇から零れる。美しい響きを持つ名だった。女性らしい、愛らしい名だった。サリカは知らず、目を伏せる。滅びの名を付けられた自分とは、大違いだ。
 イリアの指が札を捲り、幾つかの絵が露わになる。中には、虚無の聖女の札もあったが、それは最終的出てきたものではなく。占いの終わりにイリアの手に残った札は、
「鏡?」
 鏡の前に手を差し伸べる、ふたりの人物。少年とも少女ともつかぬ、中性的な顔立ちをしたその人物は、鏡を通して互いを見つめている。イリアは「うーん」と呻き、首を傾げた。
「どうしたの?」
 サリカが思わず問いかけると
「変なのよ」
 眉間に皺を寄せた巫女姫は、更に大きく首を捻る。
「ソフィア姫って、今、セグディアの公宮にいらっしゃるのでしょう?」
 問われて頷く。少なくとも、サリカはそう聞いている。セグの大公妃として、宮殿にいるのだと思っていたが、そうではないのか。また、何処かに幽閉され、大公の――もしくは彼の息のかかった者たちの慰み物になっているというのか。
「……」
 無意識に、拳を固める。恋敵とはいえ、同じ女性がそのような目に遭っているなど、許せない。出来ることなら、自ら乗り込み、この手でソフィアを解放したい。思うサリカであったが。
「ソフィア姫、この国にいるわ」
 イリアの答えに、唖然とした。
「フィラティノアに?」
 よもや、シェラに救いだされてこの国に逃れてきたのではあるまいか、淡い期待は、しかし次の言葉で霧散する。
「なんだろう、変な感じ。蔦? 蔓? そんなものに絡まれている。上手く言えないけど、紛い物の……」
「紛い物?」
「――いや。凄く嫌な感じ。鴉が、鴉が何故、巫女姫の……」
 イリアの手から、札が落ちた。鏡像を見つめる双子の図が、血塗られた剣を抱く黒衣の騎士の札に当たり、硬い音を立てる。
「イリア」
「巫女姫」
 二人の少女の声に、
「ああ、大丈夫」
 イリアは微笑を向けて
「ちょっと、びっくりしただけだから」
 言い訳のように言葉を紡いだ。
「でも、これってどういうことかしらね……」
 その後に続くのは、独り言のようである。
 鴉が、何故、と嫌悪に彩られた表情で繰り返すイリアを見て、サリカは複雑な気分に陥る。イリアはやはり、アンディルエの巫女姫なのだ。鴉――東の大公カルノリアを、心の底から嫌っている。憎んでいるのではなく、嫌っているのだ。あくまでも。シェラのことは個人的に気に入っているせいか、嫌悪の対象とはなっていない模様だが、ソフィアは違う。イリアにとってはあくまでも、『仇』の末裔でしかない。
「カラス、とはどういう意味なのですか?」
 いまさら尋ねるのもなんですが、と申し訳なさそうにアデルが問いかけてくる。サリカはカルノリア大公家の紋章のことを語った。かの国が、かつて神聖帝国の一貴族に過ぎなかった時の紋章が、羽を広げた鴉なのだと。
「鴉ですか? ええと、烏ではなく?」
「カラスにも色々あるみたい。カルノリアの紋章は、鴉なの。伝説上の鳥で、光の神の使いね」
 光の神は、鴉を通じて神託を下す。カルノリアは帝室への永遠の服従の印として、鴉をその紋章に用いたのだ。
「鴉は、真っ黒で気味が悪いです。光の神様の、お使いだなんて」
 アデルは少女らしく顔を顰める。そう思うのも無理もない、確かに『カラス』は不気味だ。夕闇の中、黒い翼をはためかせながら飛び回る姿は、恐怖心を煽るに充分な存在だった。
「光がものに当たると、影が出来るでしょう。それを表しているそうよ。鴉は」
 アグネイヤ四世として即位する前に、ロエラから聞かされた。巫女を通して語られる、古の伝承。それが今は、酷く懐かしい。鴉はまた、太陽神の化身とも言われていた。伝えられた地域、一族によって神話の内容が異なって来るのは当然である。が、その分岐の仕方がサリカにはとても興味深かった。
「西の大公家アインザクトは、葡萄を紋章にしていたそうよ。自己犠牲の現れ、やはりこちらも、帝室への永遠の忠誠の証」
 合わせて、アインザクトは狼の紋章も好んで用いていたはずだ。狼は月神の使い。化身。白銀の毛並みを持つ狼は、西方の信仰対象でもある。
 葡萄の紋章も、狼の紋章も、今は失われた。アインザクトの末裔は背負う紋章を隠して、密かに大陸の闇に息づいて来たのだ。いつか再興されるであろう神聖帝国、その帝室に再び忠誠を誓うために。

「そう、葡萄」

 不意にイリアが声を上げた。サリカは驚いて妻を見る。
「葡萄だわ、葡萄。なんで気付かなかったのかしら」
 悔しい、とイリアが唇を噛みしめるのを
「巫女姫、葡萄とは……アインザクト様の紋章のことですか?」
 今しがたサリカより得たばかりの知識を以て、アデルが確認していた。イリアは「そう」と肯定し、怪訝そうに『鏡像』の札を指先で弄んだ。
「変だと思ったのよ、鴉の娘に葡萄なんて。巫女姫の守護があるなんて。シェラならともかく、なんで、ソフィア姫……あ」
 言いかけて、イリアは口を噤んだ。
「ごめんなさい」
 慌てて首を竦めるようにして詫びを入れる。サリカは了解とばかりに頷き、それからイリアの手元に視線を戻した。今の巫女姫の言葉を総合すれば、ソフィアはフィラティノアにいることになる。それも、巫女守護を得て。巫女、と言えば、アンディルエだろう。ロエラか、それともユリアが傍にいるのだろうか。


 サリカが広間に入ったとき、そこにはセレスティンがいた。窓辺に佇む彼の腕には、サディアスが止まっている。止まる、というより乗っているといった方が正しいかもしれない。鷹はその爪を器用に隠し、腹をセレスティンの腕にべったり押し付けていたから。
「サリカ?」
 こちらに気付き、手にしていた書簡から目を放した師は、
「マリサから、手紙?」
 尋ねるサリカにかぶりを振った。サディアスが届けた書簡、それはセグからだという。セグに潜入している、リナレスからだと。
「リナレス」
 懐かしい名前に、サリカの表情が和む。乳兄弟の一人、かつてサリカの従者を務めていた少年は、今は宰相の密偵として、セグに潜入しているのだ。セグの――ソフィア大公妃の『侍女』として仕えているというセレスティンの言葉に
「侍女?」
 思わず声を上げてしまう。細身で中性的な顔立ちのリナレスが女装をしてもおかしくはないが――そう、エーディトの如きあの不気味さは、生じてこないだろう――従者ではなく侍女、というところに引っ掛かりを覚えた。それに、ソフィアの傍にいることは、初耳である。
「ああ、そうか」
 セレスティンは片翼とその話をしていたのだ。だから、つい、サリカも承知していると思い込んでいた模様である。これも幼いころからよくあった。片翼か自分か、どちらかに話していれば両方に伝えた気になるのだ、周囲は。

 ――どちらかに言っておけばいい、なんて。適当よね。

 マリサとよく憤ったものである。
「ソフィア姫は、今、セグに……セグディアにいらっしゃるのよね?」
 サリカの問いに、セレスティンは頷く。当然だろうと言わんばかりに。
「どうかしたのか?」
「ええ……ちょっと、奇妙なことなのだけど」
 先程の占いの内容を、師に語る。
 イリアが導き出した結果、ソフィアがフィラティノア国内に在り、巫女の守護を受けていること。また、偽りの蔓が絡みついている――
「偽りの蔓、というのが判らないけれど」
 葡萄の蔓だとイリアは言っていたが。
「葡萄?」
 セレスティンは瞠目した。その腕の上で、サディアスが大きく羽ばたく。
「アインザクトの紋章も、葡萄でしょう? だから、イリアが動揺してしまって」
 アデルに妻を任せ、サリカは師の判断を仰ぎにここにやって来たのだ。師なら何かしらの見解を語ってくれるかもしれない。サリカは期待に満ちた眼差しで、灰の隻眼を見上げた。
「大公妃が、フィラティノアに」
 細められた瞳の奥に、不可思議な光が宿る。フィラティノア、と繰り返したのち、セレスティンは鋭く舌を打った。「やられた」そう、呻いて。
「ヴィーカ、あの女……」
 意外な名を耳にして、サリカは驚いた。同一人物かは不明であるが、琥珀楼の娼婦もヴィーカだった。ジェリオの敵娼であり、彼の幼少期を知る人物。ソフィアとの初恋に破れたジェリオを慰めたと言っていた。
(ヴィー……カ?)
 もしも。
 セレスティンの口にした名が、サリカの知るヴィーカと同一人物であったら。
(まさか)
 幾つかの点が、脳内で一つの線に繋がる。
 一人の少年が、衝動的に起こした皇女誘拐。それが、仕組まれたものだったとしたら。誰かが彼を煽り、皇女を連れ出させたとしたら。その『誰か』が、ヴィーカで。彼女が復讐に身を捧げる狼の化身であったとしたら。アインザクトの自己犠牲の象徴を胸に、鴉の牙城を潰す気でいたら。
「セラ」
 灰の視線と古代紫の視線がぶつかり合う。サリカの心を読み取ったのか、セレスティンは
「ああ」
 頷いた。
「ソフィアは」
「ソフィア姫は」
 ふたり、いる。
 おそらく、それを知る者は、ユリシエルに潜むアインザクト一派しか知らぬことだろう。当の『ソフィアたち』も、自身が何者なのか判っていないはずだ。
 片方は、知らぬまま偽りの憎しみを植え付けられ、己の血を滅ぼすことに使命を見出し。
 いまひとりは運命に翻弄され、愛する夫と大切な友人を失い、誇りすら奪われた。
 巫女姫が誤るはずはなく、おそらくはフィラティノアにいるほうが、真実のソフィア。鴉の末裔にして、大国カルノリアの皇女たる姫君なのだ。
「では、セグに嫁いだのは」
 ジェリオが恋い焦がれ、初恋を捧げたひと。彼女は、皇女ではなく――いったい、何者なのだろう。
「ソフィアは、生まれたときにすり替えられたのかもしれない」
 だから、彼女の髪の色も瞳の色も、アインザクトのそれを思わせる容姿であったのだ。カルノリア皇女として育てられたソフィア、彼女はアインザクトの血を引く娘。誰の娘かは不明だが、ユリシエルに潜入しているヴィーカらの仲間の子供なのだろう。
 そして、すり替えられた真実のソフィア皇女は。
「いま、フィラティノアに?」
 どういう経緯を辿ったものか、この国にいる。
 フィラティノアならば、情報網は掌握している、と。セレスティンの言葉は力強かった。
 確たる証拠はないが、『真実のソフィア』たる女性の身柄を確保する、それが今サリカの為すべきことであったが。
 従姉を救いにセグへ出向いたシェラ、その従姉が実は赤の他人であることを知ったら。しかも、自身を敵と狙うアインザクトの末裔かもしれぬと知ったら。彼女は、偽りのソフィアは、どうするのだろう。シェラもまた、セグの公宮に潜入しているはず。何としても、穏便に。互いに衝撃を与えぬよう、報せねばならない。
「リナレスに、使いを」
 サリカの依頼に、セレスティンは頷く。旅を終えたばかりのサディアスには悪いが、彼にはもう一働きしてもらわねばなるまい。
 

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