AgneiyaIV
第三章 深淵の鴉 
8.女帝(9)


 階下に駆け付けたジェリオを迎えたのは、ヴィーカだった。彼女と、その従僕である巨漢。彼の腕にアグネイヤは抱かれている。固く眼を閉じてはいるが、気を失っているわけではない。人の気配にうっすらと目を開け、そこにいるのがジェリオだと気付くと、暁の瞳に複雑な光が宿る。視線をそむけることすらせず、かといって詰るわけでもなく。アグネイヤは力なくジェリオを見つめていた。
「熱を出したのよ」
 一人で帰ると言ったから、止めた。自分だけでは心もとないので、従僕に手を貸してもらった、とヴィーカは言う。
「熱」
 おそらく、ジェリオに抱かれた衝撃で、精神の糸が切れたのだろう。
「悪りぃ」
 誰に向かっての詫びなのか。ジェリオの呟きに、ヴィーカが苦い笑みを浮かべる。彼は手を伸ばし、巨漢からアグネイヤの身体を受け取った。途端、華奢な身体が硬直する。怯えているのだ、そう思うと罪悪感と同時に嗜虐心が湧きあがる。彼は二人に礼を言い、横抱きにしたアグネイヤを上階の彼女の部屋までゆっくり運んだ。
「サリカ」
 客間から顔を覗かせたセシリアが、彼女の只ならぬ様子に顔色を変える。どうしたの、とは訊かない。訊かずに、客間のヴォルフラムを振り返り、
「お医者様を」
 手短に指示を出す。が、
「いらない」
 ジェリオは鋭くそれを制止した。自分の罪を隠すつもりはないが、医者に見せればアグネイヤの恥になる。彼は扉を乱暴に開け、寝台に彼女を横たわらせた。ぎしり、と軋む音が行為を思い出させ、ジェリオの心に焼けつくような痛みが走る。アグネイヤも同じことを考えたか、怯えたように身を固くした。一瞬の沈黙――ジェリオは無言のまま彼女の服に手をかける。上着と靴を脱がせ、短衣の胸元を緩めれば
「いや」
 彼女は弱々しい抵抗を見せた。襲われる、恐怖に本能が反応したのだろう。
「何もしねぇよ」
 乾いた口調で彼女の想像を否定し、ジェリオは殊更事務的な動きで彼女から衣服をはぎ取っていったが。胸を抑える布を取り除いた時点で、顔を歪める。乳房を中心にはっきりと残る痣。ディグルが付けたものではない、自分が嬲った痕だった。これほど乱暴なことをしていたのか、と。改めて実感する。
 下穿き姿となったアグネイヤに布団を掛け、ジェリオはその額に触れた。熱い。掌を通して尋常ではない熱さが伝わって来る。
「冷たい」
 アグネイヤの呟きに、彼は我に返った。冷たくて気持ちがいい、そう言いたいのだろう。彼女の目がうっとりと細められている。ジェリオは掌が温まるともう一方の手を彼女の額に置いた。それを幾度か繰り返したころ、
「入るわよ?」
 扉が叩かれ、セシリアが姿を現した。手に、桶を持っている。中には水と、雪を入れた革袋があった。氷嚢をアグネイヤの額に乗せたセシリアは、小さく息をつく。
「――馬鹿息子」
 母の言葉に、ジェリオは身を竦ませる。
「ここまで馬鹿とは思わなかったわ」
 知られている――母は気付いているのだ。自分とアグネイヤの間に何があったのか。双方合意の上ではなく、ジェリオが一方的にアグネイヤを抱いたことすら、二人の様子から判断したに違いない。アグネイヤの手首には、縛られた痕がある。それが更にセシリアの印象を悪くしているのだ。
 無垢な少女の心と体を傷つけた、それもある。だが、それ以上にアグネイヤの立場とジェリオの立場を考慮すれば、今回のことは絶対にあってはならぬことだったのだ。二人の間には、身分の差だけではない、複雑な事情が存在している。
「サリカは私が看ています」
 暗に、出て行けと母が言っている。ジェリオは異を唱えず、その言葉に従った。退室する際、ちらりとアグネイヤを振り返る。暁の瞳は、瞼の下に閉じられていた。眠ってしまったのか、それともジェリオを見たくないのか。開く様子はない。彼はアグネイヤから目を背け、無言で部屋を出た。
「おやまあ、ちゃっかり手を出しちまったんだねえ」
 くく、と、軽い笑い声が聞こえる。様子を窺っていたのか、そこにエレオノーレが居た。彼女は興味深そうにジェリオを見、それから扉越しにアグネイヤの様子を透かし見るような仕草をする。癇に障る女だ、――ジェリオはエレオノーレを睨みつけた。彼女が兄夫婦の侍女とは、あまり考えたくはない。
「でも、今までは我慢していたのかい。偉いねえ」
「……」
「寂しいなら、あたしが相手してあげようか?」
 軽薄な言葉に、苛立ちが募る。ジェリオは彼女を無視してその脇を通り過ぎようとした。しかし、腕を掴まれ、動きを阻まれる。
「ちょっと話があるんだよ」
 女性らしくない、低い声で囁かれる。彼女の青緑の瞳に宿る気配は、常人のそれではない。何処かしら、殺気めいたものがあった。かといって、ジェリオに危害を加えようというのではなく。何か、切実に訴えようとしている、そんな風に思えた。
 ジェリオが抗わずにいると、彼女は気を良くしたのか彼を引きずるようにしてもう一つの客室へと彼を導いた。そこにはディグルが既に戻っている。彼は寝台の上に半身を起し、冴え冴えとした目でこちらをみていた。こちらを――弟である、自分を。母によく似たその面差に、先程とはまた異なる痛みがジェリオを襲う。フィラティノア王太子ディグル・エルシェレオス。アグネイヤ四世の義理の兄。彼との間には、複雑な因縁がある。
「座りなよ」
 扉を閉めたエレオノーレが、ジェリオに椅子を勧めた。ここは俺の家だ、そう言いたかったが。黙って彼女に従う。エルナ、と、ディグルに呼ばれたかのひとは、「はいはい」面倒くさそうに頷き、部屋の隅に佇む。宮廷式の礼儀作法か。彼女のことは壁と思え、暗にそう告げられた気がする。
「戦が起こる」
 開口一番、ディグルが口にしたのはそれだった。ジェリオは頷く。フィラティノア王太子妃が戴冠する、その瞬間を境に、中央諸国の歴史が動き出す。
「俺は、帰国せねばならない。サリカもだ」
 ジェリオはちらりとエレオノーレを振り返る。彼女の口元が微かに笑みの形をとった。
「出来れば、母も連れて行きたい」
 こうして、この男は自分から何もかも取り上げるのだ。胃の辺りから冷たいものが込み上げてくる。覚悟していたことだった。だが、実際その時が来ると、こうも動揺してしまうものなのか。母は大国の元王妃。現王太子の生母である。失脚させられ、国を追放された身ではあれど、娼婦館の女将におさまるべき人物ではない。公式行事に参加することも、本名を名乗ることもできなくても、ディグルの傍にいるべきだ。彼の侍女として、もしくは女官として。地位を捏造してでも、そうするべきである。
 残された自分は、娼婦館を継ぐ気はない。自由で気ままな生活に入るだけだ。ヴィーカの元に転がりこみ、エルディン・ロウとしての活動を続ける。それが一番よい身の処し方だ。アグネイヤも、自分を犯した男をいつまでも見ていたくはないだろう。せめてもう一度、優しく抱いてやれれば良かったと思うが。思いは叶うまい。ならば、早いうちに此処を出よう、出て、二度と戻らない。それを兄に告げようとしたときだった。
「おまえも、来ないか?」
 意外な言葉に、ジェリオは目を見開いた。
「なんだって?」
 今一度、尋ねる。ディグルは同じ台詞を繰り返した。
「じゃなければ、エリシア妃も付いてこないんじゃないのか、ってさ。殿下は心配しているんだよ」
 ジェリオは、母の見張りか。思った刹那、脱力した。結局、この男は自分のことしか考えていない。自分の手元にいかにして母を置くか、そのことしか考えていない。ジェリオのことは都合のよい手駒と思っているのだろう。
「断る」
 即座に言いきる彼を、ディグルは超然と見つめている。驚きもせず、怒りもせず。ただ、静かに眼差しを向けている。それがまた、不愉快だった。
「俺はもう、長くはない」
 ディグルの言葉は、いつも唐突だ。それに振り回される自分が悔しい。
「だから?」
「俺が冥府に下った後、母と、サリカを頼む」
「サリカ?」
 ジェリオは吹き出した。
「あんた、嫁さんがいるだろう? サリカにそっくりな。サリカを妾にでもするつもりか?」
 だとしたら、飛んだ酔狂だ。双子の姉妹を正室と側室に持つなど――馬鹿げている。
「俺は、サリカと静かに暮したい。あの娘となら、穏やかに過ごすことができる」
「嫁さんは、どうすんだよ?」
「あれはあれで、勝手にやるだろう。あれの人生に、伴侶は必要ない。あれは一人で歩ける女だ」
「……って」
 声を失う。ディグルは、何を以て一度は殺そうとした娘に執着するのだろう。双子ならば、容姿だけではなく性格も似通っているはずなのに、なぜ、妻ではなくサリカなのだ。ジェリオは思わずディグルの胸倉をつかんだ。
「ちょっと、あんた」
 驚いたエレオノーレが止めに入る。が、ジェリオは兄を引き寄せ、鼻先ギリギリに顔を近づけた。青い瞳に自身の顔が映り込んでいるのが見える。気色ばんだ子供、大人げのない男――情けなさに幾分力が抜けたが、勢いは止まらない。
「サリカは、俺の女だ。俺が女にした。あいつには、俺の血が流れている」
 つい、口走ってしまった。ディグルの目が大きく開かれる。彼は信じられないと言った風に唇を震わせた。
「犯したのか? 暴力で?」
 それ以外あり得ない、ディグルの瞳に力が籠る。これが病人かと思うほど強く手首を握られ、ジェリオは歯を食いしばる。
「おめでたいな、さすが王子様だよ。じゃあ、教えてやろうか。何処をどうすれば、あいつが悦ぶか。鳴くか。身体を開くか」
「……!」
 ディグルがジェリオの手首を捩じ上げる。エレオノーレが割って入らなければ、ジェリオの腕は折れていたかもしれない。赤く腫れあがった手首を押さえ、ジェリオは優越感を漂わせながら兄を見下ろす。
「判っただろ? 俺はあんたとは違う。手のつけられねぇ狼なんだよ。傍に置いとくと、サリカを何度でも抱くぜ? あんなに相性のいい身体、他になかったからな」
 事実、欲望のままに貪ったアグネイヤの身体は美味だった。他の女性の比ではない。気を失っていてすら、あれだけ自分を満足させるなど。他の身体では考えられない。許されるなら、また抱きたい。幾度でも身体を重ねたい。ディグルになど、渡すものか。
「あんたは、男色家だろう? 野郎と処女にしか興味がないんだろ? サリカはもう、立派な女だ」
 これが、とどめだった。ディグルの瞳に濃い影が走る。傷つけた、と思ったが。どうしようもなかった。アグネイヤを辱めてしまったのは、彼のせいだ。彼の存在ゆえに、自分は理性を失った。
(違う)
 それは言い訳だ。単に自身の中の獣に負けただけだ。アグネイヤには取り返しのつかぬ傷を負わせ、今また兄にも――。自分は、抜き身だ。触れれば、人を傷つける。だから、人と関わらぬようにしてきた、そのはずなのに。
「まったく、あんたらどうかしているよねえ、サリカ、サリカって。本当は、神聖皇帝なんてどうでもいいんでしょ? 母上が欲しい、どうしてそう言えないのかねえ」
 エレオノーレが溜息交じりに呟く。先に反応したのは、ディグルだった。彼は心持ち赤らんだ顔を侍女に向ける。
「いい歳して、母親の取り合いかい? みっともないね。確かに美人で肝の座ったいい女だけどね、羨ましいよ、あんなひとが生みの親で」
「エルナ」
「あたしは、親なんていないと思ってるよ。ああ、あたしは、捨てられた子供だよ。片一方ばっか可愛がってさ、あたしのことは異形扱い、ゴミ扱い。捨てて来い、って感じで放り出したくせに、都合いい時だけ利用しようとしてさあ」
「……」
 兄弟は同時にエレオノーレを見つめていた。その視線を受けながら、彼女は更にまくし立てる。
「あんたら、幸せだよ。二人とも、可愛がられてんじゃない。どっちも同じくらい大切にされてさ。それなのに、なにさ。女にかこつけて、腹の探り合いして」
 馬鹿みたい。その言葉で彼女は締めくくった。ジェリオは呆気にとられる。何を言っているのだ、この女性は。自分と兄が、本当は母を――セシリアを取り合っているなど。いい歳をした男二人が、母を取りあって争うなど、あるわけがない。少なくとも自分は、違う。と、考えて。ふと、己の気持ちを振り返る。本当に、サリカのことを思っていたのだろうか。ディグルが彼女に執着している、そう思ったから取り上げたいと考えたのではないか。母もサリカも自分から奪おうとしている。ならば、サリカを自分の手で滅茶苦茶にして――そんな気持ちがまるでなかったとは言い切れない。エレオノーレに指摘されるまで、その部分からは目を逸らしていた。
「エルナ」
 ディグルの呼びかけに、エレオノーレは軽く肩をすくめ、かぶりを振る。やっていられない、と言った様子だった。
「皇帝陛下があの様子じゃあね。二、三日してからじゃないと出発は出来ないよ。それまで、兄弟で親睦を深めておくんだね。母上泣かせたくなかったらね」
 じゃ、と、彼女は部屋を去る。残されたジェリオは、再び椅子に腰を下ろした。気まずい思いで兄を見れば、兄もまた、複雑な視線をこちらに送っている。父が違う、容姿も違う、生まれも育った環境も違う。これでどう歩み寄れと言うのだ、エレオノーレは。
「忘れていた」
 兄に不意に声をかけられ、ジェリオは身を固くする。何を言い出す気だと構えれば、
「以前、妻を救ってくれたそうだな。礼を言っていなかった」
 そんなことを口にする。ルーラから聞いた、そう付け加えて、彼は睫毛を揺らした。
「刺客とは、血も涙もない者だと思っていた。おまえは、不思議だな」
「……」
「怒ったり拗ねたり、困惑したり……色々な表情をする」
 当り前だ、と言いたかったが黙っていた。一風変わった兄が、何を思ってそのようなことを言い出すのか。少しだけだが、興味があった。
「でも、笑わないな」
 笑顔を見たことがない。まるで、恋人に向けるような台詞に、ジェリオは面食らった。そういわれれば、彼の前で笑ったことはない。やにさがった男ではあるまいし、そうそう笑顔の安売りはしていないはずだ。それに、ディグルに笑顔を向けた処で何の得にもならない。彼の傍にいたからといって、楽しいことの一つもあるわけでもなく、当然相好を崩す理由がない。
「笑顔を見せろってか? 気色悪い」
 兄に向って愛想笑いを浮かべるなど、ご免だ。
「可愛げがないな」
「言ってろ」
 憎まれ口を叩きながら、ジェリオはそっぽを向く。親睦など、深められるはずがない。この兄とは、相いれない。おそらく、一生涯。そんな思いが、胸を過ぎる。それは、ディグルも同じだろう。同じだと、そう思い込んでいた。



「暁の瞳」
 ヴィーカの漏らした一言に、男は反応した。やはり? と。首を傾げてくる。ヴィーカは答えず、馬車の座席に深く身を埋めた。サリカというあの娘、確かに暁の瞳を持っていた。実際に目にしたことはないが、あれが噂に聞く神聖帝国の覇者の瞳だろう。それを持っているということは、彼女は帝室縁者か、ミアルシァの封印王族――密偵か。
(違うね)
 勘が告げている。あの娘は、密偵ではない。だとしたら。処刑されたと言われている皇帝アグネイヤ四世か。歳格好も丁度アグネイヤ四世と同じである。それに、ジェリオ。彼は以前、フィラティノアからアグネイヤ四世――当時は、アルメニア大公であったが――の暗殺依頼を受けている。その後依頼は取り下げられ、うやむやになってしまったが。そこで知り合った可能性は高い。ジェリオが皇帝をたらしこんだのか、それとも皇帝が色仕掛けでジェリオを陥落させたのか。どちらかだとは思っていたが。
(あれは……いかれてるね)
 どちらも、相手を憎からず思っている。愛や恋などという中途半端なものとは違う。もっと別の、異質の絆があの二人にはある。そんな気がした。
「そろそろ、やるのか?」
 男も前方を見詰めたまま、独り言のように尋ねてくる。ヴィーカは頷いた。時代が動こうとしているこのときに、自分らが黙っているわけにもいかない。それに、西からの便りも届いた。狩りの開始を告げる合図である。
「鴉の息の根を止めるときがやってきた」
 芝居の台詞のように、淡々と口にした言葉は、何処かしら虚しさを含んでいた。二百年の長きにわたり、機会を伺ってきた『大事』をまえに。それを為すのが自身であると自覚して、幾許かの不安を感じる。自らの出生を知り、母の素性を知り。荒れ狂ったジェリオと。彼の怒りを否応なしにぶつけられた神聖皇帝と。彼らの姿を目の当たりにした今、心が揺れる。
 初めは、セシリア、彼女も皇帝と共に葬るつもりであったが――計画を変えた。冬薔薇における暗殺は、実行を見送る。それを言い出すと、男は憮然とした表情になる。
「情が移ったのか?」
「そりゃ、何年も接していれば情がわくでしょうよ」
 セシリアとジェリオとは、二人が移民街にいたころからの付き合いだ。セシリアは、孤児と偽っていたヴィーカを不憫に思い、何かと世話を焼いてくれた。気難しい子供だったジェリオも、何故かヴィーカには懐いてくれた。だが、セシリアの背後に鴉の影を見た刹那、ヴィーカの心は黒く染まった。セシリアが実は元フィラティノアの王妃であり、皇帝シェルキスと親しかったこと。再会したのちは、彼の愛妾のような立場にあったこと。裏切られた、と、思った途端、ヴィーカの中の焔が大きく揺らめいた。
 だから。
 初恋に破れたジェリオを、誘惑して。裏の道へと引きずり込んだ。エルディン・ロウ、その一員として彼の手を汚させた。彼は優秀な暗殺者であったし、成果もそれなりに上げていた。ならば、彼にシェルキス暗殺を実行してもらえばよいのだと、いつしかヴィーカも思うようになっていた。彼ならば、シェルキスも警戒せずに傍に呼ぶだろう。ジェリオ自身、母を愛人としているシェルキスには好意を持っていなかったはずだ。そのうえ、身分違いを理由に、初恋の相手を取り上げられた。恨みは燻っているはずだと。思ったのは、間違いだったのかもしれない。
 人の心は、判らない。
 思うように、動かすことはできない。
 あたりまえの事実を突き付けられ、ヴィーカは苦笑する。
「皆に、連絡をして置いてちょうだい。近日中に、行動を起こす。指示があり次第動けるように、待機せよと」
 命令に、男は頷く。
 馬車は不規則な律動を伴いながら、大通りを逸れ、裏道へと消えていった。ナージャ通り、夜の顔を持つ、妖しの香り漂う歓楽街へと。


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