AgneiyaIV
第三章 深淵の鴉 
8.女帝(3)


 昼と夜の長さが同じになる日、クラウディアは十七歳の誕生日を迎えた。フィラティノアに嫁いで、二度目の春である。いい加減、この土地の気候にも風土にも食事にも慣れた。若干、食べ物が塩辛い気がしないでもないが、それでも厭味なまでに上品に作り込んだミアルシァ風の宮廷料理よりは美味だと思う。
「今宵は妃殿下の誕生祝いの宴を開く予定にございます」
 国王付の女官がそう告げに来たのは、まだ、朝も早い時刻であった。
 早朝の遠乗りより戻ったクラウディア、彼女が衣裳に着替えていたとき、取り次ぎの侍女がやってきたのだ。支度を整えて居間に向かえば、幾人か従僕を従えた女性は恭しくクラウディアの前に跪き、
「内輪のみのささやかなものと相成りますが、ご理解頂ければ恐悦至極にございます」
 この日のために、主だった諸侯を呼び寄せているという。その内容に、クラウディアは眉を寄せた。来た、と。本能が告げている。神聖皇帝としての即位、その正式なる申し入れだ。今夜国内に向けて発令し、正式な戴冠式の日取りを決めてから各国へと使者を送るのだろう。いや、もう使者は派遣されているかもしれぬ。ともあれ、ここへきて漸くフィラティノア国王は動き出したのだ。彼が今まで沈黙を守っていたのは、完全なる春の訪れを待っていたからなのか。それとも、クラウディアが北方で成人とされる十七歳に達するまで時を稼いでいたのか。あるいはその両方か。どちらにせよ、ここから先は決して戻れぬ道行である。
 神聖帝国に女帝は立たない。皇帝は須らく男。本来であれば、クラウディアは男子として帝冠を戴くことになるが、それではフィラティノアとの縁が切れてしまう。国王はあくまでも、フィラティノアの王太子妃が神聖皇帝であるとの図式を壊したくないはずだ。けれども。

(神聖帝国に女帝が立つとき、かの国は滅びる)

 誰が言い出したのか。
 クラウディア一世を滅びの娘と揶揄した、カルノリアの鴉どもか。その不吉な風説を信じるのであれば、形だけでもクラウディアを離縁し、彼女の戸籍を差し替えたうえで擁立すべきであろう。それとも、剛毅なフィラティノア国王のことだ、迷信など恐るるに足らぬと思っているのか。彼が何を考えているのか、細部までは読みとれない。クラウディアは唇を噛みしめた。
「今宵のために、衣裳を用意してございます」
 女官が示したのは、国王自らが作らせたというクラウディアの誕生祝いである。これを着て、今宵の宴に出席せよというのだ。そこからして、彼のクラウディアに対する――神聖帝国に対する、異常な執着が伺える。
「お気遣いありがとうございます、と、陛下には伝えて頂戴」
 通り一遍の礼を述べ、クラウディアは丁重に女官を引き取らせた。一行が去ってから、暫くのち、ぱたりと次の間の扉が開き、
「お妃様ともなれば、国を上げてお誕生日を祝ってくれるもんなんだねえ」
 いやあ、羨ましい羨ましいと心にもないことを口にしながら、黒衣の少年が顔を覗かせた。アーシェル辺境伯である。彼は赤みの強い紫の目を細め、机に置かれた衣裳箱を見つめていた。この衣裳一着に、彼の故郷が一年潤うほどの金額がかけられている。それはクラウディアも察していた。ティルの厭味な視線を受け流し、彼女はぽてっと椅子に腰を下ろす。高々と足を組み、若干踏ん反り返った姿で若き辺境伯を見上げた。
「あなたは、どうするの?」
「なにが?」
 空とぼける少年に、クラウディアが視線を尖らせる。判っているくせに、白々しい。
「神聖帝国は領土を持たぬ国――暫くはね」
「そうなの?」
「――当分は、オリアに間借りしている感じになるでしょうね。いえ、皇帝が外遊している、そういった形を取る気なのかしら、グレイシス二世陛下は」
「しまらない話だよねえ、皇帝陛下が間借りって。まあ、閉じ込められてる皇太后陛下や宰相殿に比べれば、自由があるだけましなんだろうけどね?」
 わざとらしく首を傾げるティル。ぴく、と、クラウディアの眉が動いた。何処までこの男はからかい倒せば気が済むのだろう。
「そういえば、今日は貴方の誕生日でもあったわね」
「あ、そうだったね。何かくれるの?」
「あげるつもりだけど。きちんと受け取ってくれるかしらね?」
 回りくどいやり方は嫌いだ。クラウディアは真直ぐに辺境伯を見上げる。彼は観念したらしく、肩をすくめた。お好きに、――そう唇が動く。
「貴方の改名を望んでも良くて?」
「御大層な名前を名乗るのはやめろって?」
「貴方も生まれたときからアグネイヤだったわよね。でも――」
 言いかけて、口を噤む。それ以上言う必要はない。彼もそれは心得ている。神聖皇帝と同じ名を、一介の臣下が名乗るわけにはいかない。正式に爵位を与えられたからには、公の場所に於いては別の名を名乗ることになる。それを、クラウディアが決めてしまってよいものか。そもそもティル自身、自分がクラウディアの臣下と考えているのか。其処も問題である。彼の腹心アウリールなどは、ティルこそ神聖皇帝と信じて疑わない。アグネイヤ四世もクラウディアも、アウリールは認めていないのだ。巫女姫リルカインの言により、仕方なく服従しているにすぎない。彼は、辺境伯という地位をティルが甘んじて受けていることにも不満があるだろう。
 とはいえ。『間借りの皇帝』に、臣下に与える領地も爵位もなく、それらを与えるためには、他国より奪わねばならない。あの、アルメニアを帝国に伸し上げたアグネイヤ一世のように。
「妃殿下」
 微妙な沈黙を破るように、声がかけられる。先触れの侍女を伴わずここに入室できるものと言えば。
「ルーラ」
 彼女と、ティル、リィルくらいしか存在しない。無論、シェラにもその権利を与えてはいるが、彼女はクラウディアから呼びたてぬ限り部屋にはやってこなかった。
 刺客に襲われた傷も、完治とは言えぬがそれなりに回復に向かっている。身体が鈍らぬよう離宮内を散策、馬術もこなしているルーラは、最近剣を取っていることが多い。床に伏せっている間に同胞であるエルナが遠方へ旅立ってしまっていたせいか、以前よりも一層クラウディアに対する保護欲が出てきたのやも知れぬ。剣の修練及び、機能回復(リハビリ)に従事する以外は、極力クラウディアの傍に居たがる。傍を離れるときは、ティルかシェラがクラウディアの元に侍っているのを確認してからという念の入れようだ。そこまで自分は子供ではない、と自負はしているのだが。ルーラにとって、五つ年下の王太子妃は充分子供なのだろう。
「今宵の件ですが」
「ああ、もう聞いたのね。耳が早いこと」
 クラウディアの微笑みに、しかしルーラの表情は険しくなる。
「僭越ながら、わたしもご同席させてはいただけませんでしょうか」
「ルーラ?」
 以前はそんなことを言う人ではなかった。常に側室として、日蔭の身として表に出ることを嫌っていた。初めて彼女が公に姿を見せたのは、ディグルとクラウディアの婚礼の時である。あのときは、花嫁の介添えとしてであったが、今夜はどのような名目で出席を希望するのか。まさか
「王太子殿下の、名代として」
 ルーラの答えに、クラウディアの笑みが苦いものに変わる。
 生母を探しに出奔した王太子は、未だ帰郷の報をよこさない。果たして存命なのか、不幸にして落命してしまっているのか。それすら不明である。当然、妃であるクラウディアの誕生祝いには出席せねばならぬ存在であるが、消息不明とあらば仕方がない。欠席の旨言伝られたといって誤魔化すつもりであったのだが――ルーラは何を考えているのか。
「もしくは、妃殿下の侍女として。お傍に侍らせて戴きたく存じます」
 側室とはいえ、夫の愛妾を侍女として傍に置くわけにはいかない。クラウディアは眉を顰めた。彼女が表に出て構わないというのであれば、
「ディグルの名代として出席してくれた方が、筋は通るけれども」
 それによってルーラは、辛い思いをするのではないか。
 彼女の青い双眸を見つめるが、そこに答えはない。ルーラはクラウディアの視線を避けるように、ふと目をそむけてしまう。そのやり取りを傍で見ていたティルは、「ふーん」と頷く。
「騎士殿は、憧れの姫君に悪い虫がつかないよう傍についていたい、と。そう言うわけね」
 唇の端を吊り上げ、からかうように言う。クラウディアは眼を見開き、ルーラは奥歯を鳴らした。
「ルーラ」
 彼女も薄々気づいていたのか。フィラティノア国王の姦計を。
「わたしを、心配してくれているのね」
 表情を和ませると、ルーラの顔に朱が散った。
「いえ、わたしは」
 珍しくうろたえる彼女がやけに可愛らしい。クラウディアは立ち上がり、ルーラの元に歩み寄る。驚く彼女の手を取り、両手で強く握りしめれば、銀髪の麗人は悲鳴に近い声を上げた。
「妃殿下」
 いけません、とかぶりを振るが、王太子妃の手を無碍に振り払うことなど彼女に出来はしない。おろおろと顔色を赤や青に変えるルーラの反応が面白くて、クラウディアは声を上げて笑った。大丈夫、その言葉を繰り返し、
「わたしもそれなりに警戒はしているわ。間違っても、今夜陛下がわたしを寝所へと連れて行くようなことはしないでしょう?」
 おどけて見せる。
「ですが、妃殿下」
 ルーラの表情が曇った。
「恐れながら、国王陛下は狡猾な方です。暴力に訴えることなく、妃殿下を穢そうとなさるでしょう。たとえば」
「食事に混ぜ物をする、とか?」
 古い手ね――クラウディアは唇を尖らせる。その仕草に、ルーラが顔を赤らめるのを、ティルがこっそり笑っていた。
「それもあります。他には」
「偽りの手紙で呼び出すとか、ね。とりあえず、常に傍に誰かがいれば大丈夫でしょう?」
「妃殿下」
「貴方もだけど、他にも頼もしい味方がいるじゃない、ねえ?」
 徐に、ティルを振りかえったクラウディアは。
「ねえ、神聖帝国宰相殿」
 ぱちりと気障に片目を閉じる。ルーラは呆気に取られて瞠目し、当のアーシェル辺境伯は、ぽりぽりと頭を掻く。
「あー、やっぱりそう言うことになるのねー」
 言う割には、嫌そうでないところが彼らしい。
「妃殿下、それは……」
「ああ、彼も今日が誕生日だから。わたしからの心ばかりの贈り物よ。神聖帝国宰相、悪くはないでしょう?」
 ねえ、と同意を求められても、即座に頷くことはできない。王太子の側室と辺境伯は互いに顔を見合わせ、げんなりと肩を落とした。クラウディアの頭の中には、既に帝国復活後の図案が出来上がっているらしい――それを痛感している模様である。
 勿論、と、クラウディアは言葉を継いだ。
「幽閉中のエルハルトを無事に救出できたら、彼が宰相ですけどね。貴方には副宰相を務めて貰うことになるわ」
「そーゆーことだろうと思いましたよ。暫定宰相ね、まー、悪くはないんじゃないの?」
 アウリールになんと言われるか判らないけどね、――ティルは口の中で呟いていた。


 祝宴は、日が暮れてから開始を告げる。
 白亜宮内で最も広く由緒ある『光の間』、その場所に席が設けられた。既に事前に準備は整えられていた模様で、食卓に並ぶ料理も、酒も、其処此処に飾られた花々も、全てクラウディアの好みのものであった。ここは、国王がツィスカから情報を得て用意していたに違いない。あの男も侮れない、クラウディアは内心そう思った。
「う、わぁ」
 クラウディアに付き従っていたアデルが、小さく感嘆の声を上げる。侍女として初めての仕事が、宴席への随行である。長いこと下働きに慣れていた彼女にとっては、文字通り別世界だ。幼子のようにきょろきょろと周りを見回す仕草にクラウディアは吹き出し、他の侍女は眉を顰め軽く咳払いをする。

「王太子妃殿下ご到着」

 高らかに告げられる声に、それまでざわめいていた人々が一斉に口を噤みこちらに視線を向ける。開かれた道を笑顔でしずしずと歩む王太子妃に向かい、
「おめでとうございます」
「おめでとうございます、妃殿下」
「ルクレツィア妃」
 口々に祝いの言葉が投げかけられた。それらに応えながら進み、クラウディアは最上位に座す国王夫妻に今宵の礼を述べた。久しぶりに対面する舅と姑は、成長した義理の娘を其々の思惑の籠った視線で見つめ、形ばかりの祝辞を述べる。ラウヴィーヌ后は、扇を弄びながら若き王太子妃を胡乱そうに見下ろしていた。幾度刺客を送りつけても、そのたびに返り討ちにされてしまう――そのことが、彼女の心に更なる闘争心を植え付けて行くのだろう。いい加減、つまらぬあがきは止めればよいのだ、クラウディアは視線で訴える。やぶにらみに近い目つきを向けられ、王妃の眉がピクリと動く。最高位の女性に対してこのような挑戦的な態度を示してきたのは、おそらくクラウディアが初めてではないか。王妃の怒りを表す様に、その緑青の瞳が淡く燃える。
「王太子の姿が見えぬようだが」
 王妃と王太子妃、二人の無言の対決を阻むかの如く、国王が問いかけてきた。クラウディアは口元に微笑を作り、腰を屈めて頭を下げる。
「体調が優れぬとのこと、欠席の非礼をお許しください」
 口上に国王の視線が揺れる。瞳の奥にあるのは、愉悦。彼は、王太子の不在を知っているのではないか。ふと、クラウディアは思った。やはり、ツィスカは国王に通じていたのだ。そのツィスカをクラウディアから引き離したということは。
 ルーラの危惧も、あながち杞憂ではない。
(このまま、帰さないつもりかしらね)
 離宮には戻さず、クラウディアを本宮にとめおくつもりだったとしたら。それはそれで厄介だった。シェラとイリアを離宮に置いてきたのはまずかったかもしれない。舌打ちをしたい衝動に駆られ、クラウディアは目に力を込める。
「名代として、ルナリア殿をお連れしております」
 内心の揺れを隠して、クラウディアは背後に控えたルーラを示した。ルーラは一歩進み出て、最敬礼をする。華美ではないが、質の良い衣裳に身を包み、高く髪を結いあげた彼女は、何処から見ても清楚な貴婦人であった。先程から、「どちらのご夫人だ」と、其処此処で囁きが漏れている。居並ぶ諸侯の目が、クラウディアと彼女に付き従う見慣れぬ麗人に注がれているのを、王妃もまた苦い思いで見つめていたのだが。
「……!」
 顔を上げたルーラと目が合った刹那、ラウヴィーヌは扇を取り落とした。ひっ、と、喉が軽く音を立てる。エリシア――そう、毒蜘蛛の朱唇が動いた。
「王后陛下、どうなされました? ご気分が優れぬご様子ですが」
 クラウディアが声をかけ、ルーラを促す。ルーラが色を失った王妃を支えるべく
「ご無礼を」
 傍に近寄ろうとしたとき
「寄るでない」
 悲鳴に近い声が上がり、何事かと驚いた人々の視線が一斉に王妃に集まった。流石に、王妃も我に返ったのであろう、青ざめた顔をルーラから背け、
「よい、一人で動ける」
 椅子から立ち上がる。駆け付けた近習がその身体を支え、侍女が慣れた様子で王妃の手を取った。そのまま王妃は退室の素振りを見せ、国王と王太子妃に非礼を詫びる。貧血を起こした、それが理由ではあったが。
「――亡霊を見たのだろう」
 去りゆく王妃の後ろ姿を見、国王が嗤った。亡霊、首を傾げたクラウディアは、そっとルーラを見上げる。彼女は王太子ディグルに酷似した容姿を持つ。ディグルは彼女の容姿に目を止めて側室としたのだ。なぜなら、ディグルと前妃エリシアは生き写しと言われていた。だから。実質上、生母に似ているルーラを彼は寵愛した。
(亡霊、ね)
 女官風に仕立てたルーラ、彼女はエリシア前妃を彷彿とさせる姿だったのだ。現に、国王自身も苦笑している。自分が捨てた女、彼女に瓜二つの女性が目の間に現れた。彼も王妃ほどではないにしろ動揺しているに違いない。いや、無慈悲な国王のこと、過去の女に未練など残してはいないかもしれぬ。
 諸侯の中でも古参の者たち――エリシアの容貌を知る者たちは、ルーラの顔を見て笑顔を凍らせていた。宮廷内に肖像画の一枚もない失われた妃エリシア。彼女が二十余年の時を経て、白亜宮に戻ってきたのだとそう思ったのか。哀れな王妃を見捨てた人々は、罪の意識に慄いたのか、ルーラの視界から逃れるように部屋の隅へと移動する。
 静かに流れる音楽が、ゆっくりと広間を満たしていく。
 クラウディアは眼を閉じ、くるりと振り返った。居並ぶ諸侯に向かい、
「今宵は、わたくしのためにお集まりいただき、感謝しております」
 裳を摘み、深々と頭を下げる。その瞬間、凍てついていた空気が解けた。緊張に顔を強張らせていた貴族らは、ほっと安堵の息をつく。雪に閉ざされた街に、春の光が差し込む、そんな思いで彼らはクラウディアを見つめていた。
「今後とも末永く、この国を見守っていきたいと思っています。そのためには、皆の力添えが必要となりますが」
 ひとりひとりの顔を見渡すクラウディア。最後に黒衣の辺境伯と目が合うと、彼はらしくなく恭しくその場に跪いた。
「誓います。我が名にかけて。王太子妃殿下に、永遠の忠誠を」
 良く響く声が、広間に響き渡る。と、
「わたくしも――」
「私も」
「某も」
 次々とクラウディアに忠誠を誓うべく、諸侯が膝を折り始める。そう、フィラティノアや国王にではなく、クラウディア自身への忠誠――迷うことなく一種国王に対する反逆とも取れるその言葉を、彼らは恐れることなく口にしていた。自然に、強制されることなく。
「まるで」
 くっ、と国王の喉が鳴る。
「まるで、『女王陛下』だな」
 彼の独白に、ルーラが反応する。彼女はクラウディアを守るべく、そっと彼女の前に身体を動かした。だが、国王は気分を害したわけではないらしい。愉快そうに笑い、呼び寄せた給仕から葡萄酒の杯を受け取りそれを高々と掲げた。
「今宵は大いに楽しむがよいぞ。女王に幸いあれ」
 何の冗談であるのか。クラウディアは眼を眇めたが。家臣たちは、この洒落を快く受け止めたらしい。口々に乾杯を叫び、酒を酌み交わしていた。
「……」
 フィラティノア女王、その冠をくれるというのかこの国王は。自身の血を分けた息子を差し置き、他人であるクラウディアに。長く祖国を不在にしている息子を見限って、国王は――考えて、かぶりを振る。これは言葉のあやだ。グレイシス二世が目論むのは、あくまでも神聖帝国再興とその権利及び領土の奪取。クラウディアの存在を前面に押し出し、その人望を利用して己が野望を成就させるつもりだ。
(図々しくてよ、国王陛下)
 自分は傀儡にはならない。逆に利用してやる、この老王を。
 女王陛下――その言葉も、戯言で終わらせてなるものか。自分は全てを手に入れる。神聖帝国も、アヤルカスも、このフィラティノアも、全て。クラウディアは再び室内を見回す。其処に溢れる重鎮、彼らの心を全てとらえ、自分に忠誠を誓わせる。そのためには、もっと力が必要だった。そう、舅を凌ぐほどの力が。


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