AgneiyaIV
第五章 暁の覇者 
6.群雄(5)


 オリアより、シェラに伴われたエリシア、イリア、そしてセレスティンが訪れたのは、エルンストの街に雪が降り始めた頃であった。白亜宮を取り巻く状況から考えれば、全員がかの城を逃れられたのは奇跡と言えるだろう。エリシアはセレスティンと共に、下級士官の夫婦を装い、イリアとシェラは姉妹を装ってそれぞれエルンストまで逃れたという。その間の苦労は、

「ねえ、聞いてる? 聞いてる? サリカ」

 イリアの甲高い声とともに、何度も聞かされた。途中、王宮を取り囲む兵士に襲われかけたこと、先にエルディン・ロウをエルンストに向かわせてしまったがために、身を守ってくれる人物が極端に少なかったこと、王宮の中でも、常にだれが敵か味方かわかりかね、怯えていたこと等々。どれほど語っても語り尽くせぬというように、イリアはサリカとアデルに訴えていた。
 それを傍で見ていたエリシアとシェラは、若干、苦笑している。
 彼女らもまた、言葉に出来ぬほどの苦労を味わったのだろう。ことにエリシアは、ディグルのことがあるせいか、以前会ったときよりもかなり面窶れしていた。眼の下は濃い隈に彩られ、いったいどれほど眠っていなかったのか――サリカが不安に思うほどである。
 それでも、気丈な女性は、常と変わりなく振舞っていた。

「まあ、エリシア妃が無事なら、こっちはそれだけで儲けもんだよ」

 エルナが言うのも尤もな話である。エリシアは元フィラティノア王妃であるうえに、レンティルグやセグ、ルカンド伯の陰謀の承認でもある。ソフィア皇女と同等以上に、その存在価値は高いのだ。
「でも、今更何を証言した処で、仕方ないと思うわ」
 溜息混じりのエリシアの言葉に、サリカは小さく頷いた。
 フィラティノアは崩壊し、セグも乱れている。カルノリアでもエルメイヤ皇子の廃嫡が決まり、アレクシアが急ぎ即位した。それを不服としたエルメイヤを支持する諸侯が、反乱を起こしたとか。そんな噂も伝え聞いているが。それは、シェラの前ではあまり口にはしたくない。反乱の中心人物は、他ならぬシェラの身内である。彼女の両親、そして、長姉。彼らは、虎視眈眈とカルノリア転覆の機会を狙っていたのだ。
 フィラティノアでも、カルノリアでも、多くの貴族たちが冠を求めて兵を挙げている。それを考えると、気が重くなる。全ての火種を撒いたのは、自分。自分と、片翼だ、と。サリカは痛感していた。

 ――この姫君は、長く世に名を残すでしょう。混沌を呼ぶ者として。

 予言は、当たったのかもしれない。
 サリカは、唇を噛みしめた。

「それはそうと、懐妊したそうじゃないか、サリカ」

 セレスティンの言葉にサリカは、はっと顔をあげ、イリアが眉を寄せた。心持ち、イリアの身体が離れたような気がする。その彼女の反応を、壁際に佇むアデルが複雑な表情で見つめていた。サリカは二人の様子がおかしいことには気づいたが、その理由は判らず。けれども、師の言葉に対しては、
「はい」
 はっきりと答えた。セレスティンの表情とは裏腹に、エリシアの双眸に戸惑いの色が浮かぶ。
 セレスティンもエリシアも、ディグルが子を為せないことは知っていた。だからこそ、ジェリオとサリカの間に子が生まれることを望んでいたのだ。セレスティンは己が希望通りになったことを素直に喜んでいるが、エリシアはさすがに思う処があるに違いない。自ら進んで我が子を裏切らせた、罪悪感を覚えているのだろう。そもそも、サリカはもとはジェリオと『恋仲』であったのだ。それを形式上とはいえ片翼の身代わりとし、ディグルの妃としてしまったのだから。

「――おめでとう、サリカ」

 イリアの声には、力がない。心からの祝辞ではないことが、そこから知れた。イリアは、サリカの腹に宿る子が、ディグルの子ではないと知っているのかもしれない。彼女は、アンディルエの巫女姫なのだから、ある程度のことは判ってしまっているのだろう――サリカはそう考えた。乙女にとっては、あのような行為は汚らわしいだけに違いない。
「ありがとう」
 礼を述べても、それが酷く空々しく聞こえる。自分とイリアを繋ぐ絆は、失われてしまったのかもしれない。そんな気がして、心が寒くなる。
「この子には、フィラティノア王位継承権があります。エルンスト領主もそれを承知で、この子を立てて兵を挙げるでしょう」
 それを利用して、腹の子に王位を継承させる。サリカは皆の前で宣言した。これには、セレスティンもエリシアも驚いていた。セレスティンなどは、

「おまえ、本当にサリカか?」

 マリサじゃないだろうな? と、目を細めて顔を覗きこむ始末である。そんなに自分の発言は奇妙なことなのか、サリカは幾分情けない表情をした。そういえば、先日エルナにも同様のことを言われた気がする。
「子供が、出来たからかしらね」
 エリシアの発言は、答えになっていたのだろうか。サリカは、そんなものだろうか、と首を傾げる。確かに、この子を守れるのは自分だけだ、自分が強くあらねばならないと思うと、自然、言葉も態度も強硬なものになっていく。サリカはそっと下腹を撫でた。まだ、ここに別の命が宿っている実感はない。けれども、そこには確かに、息づいている者があるのだ。それが、自分に勇気をくれる。



「今夜は、一緒に寝ましょうよ」
 イリアがそう言って、サリカに宛てられた部屋にやって来たのは、夜も大分更けた頃であった。どうぞ、と彼女を部屋に入れたサリカだったが、一歩中へ入るなりきょろきょろと室内を探るように見回すイリアの行動に不審を覚えた。いったい、妻は何をしているのだろう。尋ねるとはなしに彼女を見つめていると、
「ううん、なんでもない」
 イリアは笑顔で両手を振る。
 が、まだ何か探し足りぬのか、時折、ちらちらと部屋の隅に目を向けるのだ。それは、寝台に上がってからも変わらなかった。

「どうしたんだ?」
「ううん。――サリカ、いつも一人で寝ているの?」

 何気ない会話の中に潜む、問いかけ。サリカは敏感に感じ取った。イリアはジェリオの姿を探しているのだ。サリカは苦笑し、
「ひとりだよ、いつも」
 屈託なく答える。それは、嘘偽りない言葉だった。ジェリオは、懐妊が判って以来、サリカの元を訪れない。物理的にやってくることはあるが、サリカを求めるようなことはしなくなった。彼にも、父たる自覚が生まれたのだろうか。そのあたりは、実際に聞いてみなければ判らぬが。
「そう?」
 イリアは納得したようなしていないような、腑に落ちぬ表情をしている。サリカは寝台の上で起き上がり、イリアに向かって頭を下げた。ごめんなさい、という言葉が、素直に出てくる。
「ずっと、黙っていた。ジェリオと、その、そういうことになっていたのを」
 いつからの関係か、何がきっかけなのか。そこは敢えて語るつもりはない。
「嫌いかと思っていたから、びっくりしたわ」
「え?」
「ジェリオのこと、嫌っているんだと思っていた。だから、あたしも彼が貴方に近寄らないように、いろいろと邪魔していたんだけど」
「イリア」
「なんだ、余計なことをしていたんだ、って。馬鹿よね、あたし」
 失笑するイリアを、サリカは唖然と見つめた。
 イリアは純粋に、サリカを守ろうとしていたのだ。それは、少女らしい嫉妬もあったのだろう。大切な人を、異性に奪われる。それは、勝ち目のない戦のようなものだ。どれほど仲が良くても、思い合っていても、結局、異性には敵わない。そんな気持ちが、行動に現れたのだ。アデルはイリアのそんな思いを、ジェリオに対する好意だと誤って解釈していたらしい。
「嫌よ嫌よも好きのうち、って、本当だったのね」
 イリアの呟きに、サリカは我に返る。そうではない、と、言おうとして。適切な言葉を探す。多分、ジェリオに対する気持ちは、愛とか恋とか、そういったものとは違うだろう。決定的に何かが違っている、と思う。身体を重ねたから愛しているのか、好意を持っているのか、と言われれば、必ずしもそうではない。逆に、少しでも好意を持っていなければ、あのような行為は出来ないだろうが。
 なんだろう。
 自分とジェリオの間に在るもの。あの奇妙な絆を、何と説明すればよいのだろう。
 ひとは、何でも名前を付けたがる。具体例を挙げて、証明したがる。何かに分類したがる。しかし、そのどれもに当てはまり、また、どれにも当てはまらぬものも確かに存在するのだということを、判らない人物もいる。
 サリカの、ジェリオに対する気持ち。ディグルに対する気持ち。それぞれ異なる想いを、どう言えば他人は判ってくれるのか。

 二人の間で『揺れた』自分は、後世の歴史家から見れば、ありえぬ淫婦だろう。

 そう解釈されても、仕方がない。
 ジェリオに惹かれながらも、ディグルを守りたいと思った。そこに、嘘はない。ただ、サリカの心には、その二人ではない、別の人物が住み続けている。その人物の影を、サリカはディグルとジェリオに求めていたのかもしれない。これもまた、理由の一つだ。
「生まれてくる子は、アグネイヤ五世かしらね?」
 イリアが、サリカの腹にそっと触れる。まだやっと形を為したばかりの赤子は、巫女姫の気を感じることは出来たのだろうか。
「名前は決めていないの?」
 と、問うイリアに、サリカは小さく頷いた。正直、この子にアグネイヤの名を付けるのは、怖い。
 生まれながらに戦のなかにある子ではあるが、出来れば静かに生涯を送って欲しい、と思うのも親心である。神聖帝国とフィラティノア、二つの冠を戴く権利を持つ子供。おそらく、微温湯のような人生を送ることはできないはずだ。
「偽りの巫女姫、ね」
 くすり、とイリアが笑った。
 かつて、ティルやリィルに言われた言葉を思い出したのか。
「イリア?」
「うん、大丈夫。判ったの。いま、やっと判ったのだわ」
 笑いながら、イリアはサリカの腹を撫で続ける。
「あたしは、今の代の巫女姫ではないのよ。この子の巫女姫なのよ」
 謎かけのような言葉だった。サリカは首を傾げる。少し考えて、「ああ」と声をあげると、イリアと目が合った。彼女は小さく頷く。そういうことだ、と。
 イリアを巫女姫として奉じるのは、アグネイヤ四世ではない。アグネイヤ四世が守るべき、対となるべき巫女姫は、リィル――リルカインなのだ。イリアは違う。イリアは、アグネイヤ五世に添う巫女姫だ、と。このとき二人は直感的に感じ取った。
「早く生まれて来てね、婿殿。じゃないと、あたし、凄く年上の奥様になっちゃう」
 おどけて語りかけるイリアの肩を、サリカは優しく抱きしめる。子が誕生するのは、年が明けて大分経ってからのこと。イリアが、十八歳年上の花嫁となるのは確実だった。
「でも、好きな人が出来たら、その人のほうを大切にしてあげてね」
 イリアが子に向かって囁く。
 巫女姫の声が届いたか否か、そこからの反応は、皆無だった。



 静かに更けゆく夜のなか、星明かりだけが周囲を彩っている。うっすらと雪化粧を施された庭園に、煌きを落とすようにして。それを細く開けた窓越しに眺めていたツィスカは、背後の気配が揺れるのを感じて、静かに振り返った。
 ヴァディーン伯爵夫人に用意された部屋、そこに蠢く人影は、四つ。ツィスカとエルナ、アデル。そして、シェラだった。エルナは長椅子にかけたまま葡萄酒を嗜み、アデルは主人の背後でじっと成り行きを見守っている。ツィスカは言葉を探しているが、見つからず。逃げるように、庭園に目を向けていた。
 先に口を切ったのは、シェラの方だった。
「すまなかった」
 武官らしく、潔く頭を下げる彼女に、ツィスカは目を見張る。
「あなたを、あなただけを、責めてしまった。酷いことを言った。あなたのほうが、従姉よりも、いや、真実のツィスカよりも辛い目に遭っているというのに」
 セグでのことを言っているのだ、と、ツィスカは理解した。彼女は「いいえ」とかぶりを振る。
「わたくしも、あなたを手にかけようとしました。巫女姫と偽られたことに、腹を立てて」
 鴉の末裔が巫女姫を偽るなど――許し難い冒涜だと、ツィスカは怒り狂い、シェラを絞め殺そうとしたのだ。考えれば、愚かしいことである。シェラは胡乱の者から巫女姫を守ろうとして、偽りを口にしたのだ。ツィスカを誑かそうとしたわけではない。嗤っていたわけではない。そのことに思い至れば、これほど素直に頭を下げることが出来る。
「申し訳ございません、シェルマリヤ殿」
 詫びるツィスカに、シェラもまた、瞠目する。彼女は暫し何事か考えていたようだったが、やがてツィスカに歩み寄り、その肩に手をかけると
「その、姉様、とお呼びしても宜しいか?」
 武骨な問いを投げてきた。
 ソフィアは、シェラの従姉に当たる。シェラはソフィアを「ねえさま」と呼んでいたのだろう。きっと、仲の良い従姉妹同士であったに相違ない。思うと自然、笑みが零れる。それを是と取ったのだろう。シェラも微笑んだ。
 その和やかな様子に、アデルはほっと胸を撫で下ろす。エルナは空になった杯を右手で弄びながら、
「ところで、ソフィア姫もカルノリアの帝冠を主張されるのかねえ?」
 意味深長な視線をツィスカに投げた。アデルがびくりと身を強張らせ、ツィスカとシェラを恐る恐る見つめる。
 ツィスカは、あっさりエルナの言葉を否定した。
「これ以上の混乱を呼びこむことは致しません」
 以前のツィスカであれば、あらゆるものをカルノリアの滅亡のために利用したであろう。現に、真実のソフィアであったことすら、一時は利用しようとしていた。アロイスの手から敢えて逃れなかったのも、そのためだ。ソフィアが存在することで、鴉を苦しめることが出来るのであれば――そんな思いが、強く渦巻いていたのを覚えている。
 だが。
 自分は、変わった。変えられた、のかもしれない。憑きものが落ちたように、いまはさっぱりとしている。これから自分が為すべきことが、はっきりと形を取って見えてきた。
「ルフィーナ・イルザ・ソフィア・イリーナ」
 呟くのは、自分の真実の名前。ツィスカはその名を、己を抱き締めるように胸の前で手を組むと、
「この名に恥じぬ生き方をしていきたいと思います」
 その場に膝をつく。鴉の末裔ではない、スヴェローニャの末裔として。
 滅ぼされた一族の誇りを忘れず、けれども、決して恨みを抱えることなく。
 負の連鎖を、自分の代で断ち切るために。否、このうねりを止めることは不可能だ。たった一人や二人の想いでどうにかなるものではない。だから。たとえ小さくとも、うねりを止める石になろう。志を同じくする者たちが集まって、ともに負の流れを止める礎となろう、と。従姉妹たちは、互いに目を見交わし、相手の気持ちを確かめあう。いずれ、この濁った水が深き青に戻る日を願って。
「今夜、セルニダに発ちます」
 佩いたディグルの剣に触れ、ツィスカは宣言する。これからは、アインザクトのツィスカではない、スヴェローニャのソフィアとして生きていく、そう、心に誓った。

「巫女姫と、陛下によろしくお伝えください」

 男子の旅装を纏ったツィスカは、エルナ及びシェラに暇乞いをする。お気を付けて、と不安げな顔で見送るアデルの手を取り、
「あなたも、元気で」
 騎士の如く、その手の甲に口付けた。
 巫女姫イリアには、会わぬ方が良いのかもしれない。女帝ルクレツィア一世にも。会えば、心が揺らいでしまう。どちらが真実の巫女姫なのか、皇帝なのか、判らなくなってしまう。
「ソフィア……姉様」
 シェラの呼びかけに、ツィスカはにこりと笑った。
「イリア姫とルクレツィア陛下を、宜しくお願いします」
 それだけを告げ、彼女は用意された黒鹿毛の馬に跨った。供はいない。ただ一人だけの、旅立ちである。これからツィスカを待っているのは、今までと同等の過酷な運命かもしれない。しかし、アインザクトの呪縛から逃れ、巫女姫と神聖皇帝の盾として生きることを決めた彼女には、それがどのようなものであろうとも乗り越えられる、そんな気がしていた。

 星明かりのなか、馬影は南へと消える。
 南へ。
 セルニダへ。

 ツィスカ――ソフィアも、また。歴史に名を残す人物の、一人であった。
 それを見送るひとびとも。
 長く歴史に語られることになる。



 サリカがジェリオの子を宿した。それを知らされたとき、エリシアは正直困惑した。ディグルに子が望めないことは判っていた。だから、一時サリカと恋仲であったジェリオとの間に子が為せれば、そう思っていたことは事実である。とはいえ、いざ、そのときが来てみると。
「どうしたらいいのか、判らないのか?」
 めでたいことじゃないか――セレスティンの言葉に、素直に頷くことはできなかった。
 近いうちに父親となるジェリオを目の前にすると、余計、気が重くなる。当のジェリオは、あっけらかんとしたものだった。ここへ来て、開き直ったか。それとも、父としての自覚が出たのか。
「無理矢理、ではないわよね、勿論?」
 母の問いに、ジェリオは渋い顔をする。
「無理強いしたのは、最初の時だけだ」
 不貞腐れたような答えに、「この子は」と、エリシアの方が苦い顔になる。


 王太子妃だけではなく、巫女姫まで手中に収めることが出来たと喜んだエルンスト領主は、アンディルエの巫女との触れ込みでイリアと共に現れたエリシアにも、部屋を与えてくれた。セレスティンは、二人の護衛として、次の間への滞在を許され、――ジェリオは今、母に与えられた部屋に身を寄せている。
 サリカの懐妊を知ってから、ジェリオは彼女に触れてはいない。無論、物理的な接触はあるが、肉体的なものは皆無だった。だからと言って、かつてのように手当たり次第に女性に声をかけるようなこともしていない。アシャンティにいたとき同様、禁欲的な生活を送っている。その分、サリカの傍に居ることが辛くもあり、エリシアらがやって来たのを良いことに、セレスティンの部屋に転がり込んだのである。


「俺は、表に出ることは考えてはいない」
 ジェリオの言葉に、エリシアは小さく頷いた。当然、といえば当然である。サリカの子の父は、ディグルでなければならない。生まれてくる子がジェリオに似ていたとしても、母親が黒髪であれば、そちらの血が勝ったという説明もつく。
「サリカは、子を奉じてフィラティノアを手中に収めるつもりのようだが?」
「と、領主は思っているだろうけどな。違うだろ、本当は」
 時間稼ぎだ、そう、ジェリオは言う。
「時間稼ぎ?」
 エリシアは首を傾げたが、ふとあることに思い至る。ここでフィラティノア王位継承戦争を起こせば、この国は、神聖帝国に目を向けることはない。その間に、神聖帝国が国政を整えることが出来れば。また、他の国もこの荒れたフィラティノアのみに気を取られ、他の国にまで手出しをすることは不可能であろう――そのようなことを考えているのかもしれない。
 良くも悪くも、双子だ。彼女らは、互いが至上なのだろう。なんびとたりとも、あの二人の間には入ることが出来ない。
「可哀相ね、あなたも」
 息子に向かって呟くが、その意味をジェリオが汲めたかどうか。



 緩やかであった時の流れは、あるときから急に速度を増し始める。
 それに乗って進むか。それとも、止めようと躍起になるか。ひとは、自身に課せられた道を歩むことになるだろう。
 のちの歴史家は、この時代のことをどう呼ぶのだろうか。
 想像し、エリシアは小さく笑った。


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