AgneiyaIV | ||||
第五章 暁の覇者 | ||||
4.魔女(1) |
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国境を越えるのは、案外簡単なことであった。 まつりごとが乱れ、内戦など起こしている国への侵攻ほど、容易いものはない。二百年前のミアルシァも同様のことを考えながら、神聖帝国へと足を踏み入れたのか。アロイスは思った。 フィラティノアに恨みはない、かの国は、二百年前には影も形もなかった。フィラティノア王家たるエルツェレガー家など、二百年前に存在すらしていたかどうか。そんな下賎の民の血を、のさばらせておくわけにはいかない。穢れた家に嫁した神聖皇帝を救わねばならない。 「そのために、手を貸していただきますよ。ソフィア」 軍馬を駆り、己の傍らを走るツィスカに一瞥をくれる。ツィスカは何も言わず、出陣してくれた。重臣らは ――大公殿下を、御出陣させるなど。 有り得ぬ、と声を揃えて反対したが、当のソフィアが ――参ります。 そう言ってしまえば、黙るしかないだろう。ソフィアは既に傀儡以外の何物でもない。アロイスとアリチェの人形である。彼らが『進言』することに、逆らうはずもない。自我が崩壊してしまった女ほど、扱いやすいものはない、そうアロイスは考える。ソフィアの母たるハルゲイザも同じであった。心が折れた彼女の懐へと潜り込むことは、呆気ないほど簡単なことだった。あの母にしてこの娘だ。愚かとしか言いようがない。 テオバルトより届いた援軍の要請に簡単に承知したのは、彼が神聖皇帝を擁しているからだ。旧交を温めるつもりは毛頭ないが、恩を売るついでに鴉を煽ることのできるこの戦は、アロイスにとって願ってもないものだった。 全て、筋書き通りに進んでいる。アロイスは自身の策に酔いしれていた。 ゆえに、気付かなかったのだ。我が身に降りかかろうとしている、災いがあることを。 ◆ 王太子妃ルクレツィアが、人質として白亜宮に赴いてから五日目。夕餉のあと、王妃の間に盥が運び込まれた。湯浴みをするように、と国王よりの命が下ったらしい。サリカは溜息を呑みこんだ。月患いであるか否か、確かめるためだろう。侍女の報告如何では、今宵、国王がこの部屋に忍んで来ることは間違いない。 前回、抵抗しなかったことで、彼に気を持たせてしまったのか。 何があっても、国王を寄せ付けなかった方が良かったのか。 (また) 自分は、判断を誤った。足掻けばあがくほど、裏目に出てしまう。 いっそのこと、吐血した直後に国王と唇を重ねてやろうか、とも思ったのだが、それはそれで、あとが怖い。彼に全てを委ねる気はなかった。色仕掛けは計算のうちだが、適当な処ではぐらかして追い払うつもりだった。カイラを真似てはみたものの、それが自分には向いていないことを痛感する。 使わされた侍女は、やはり国王に命じられていたのだろう。サリカの身体を検分するように、湯浴みの介助をした。如何わしい趣味があるのではないかと疑いたくなるほど丹念に、サリカの肌を磨きあげる。時折指先が胸の尖端を掠めるのも、故意に違いない。 「あっ」 と、身を固くするサリカに 「失礼致しました」 型通りの詫びを入れるものの、その目に畏怖の色はない。 湯浴みを終え、従者が盥を運び出したのち、サリカは一人寝室へと導かれた。失礼致します、と侍女は退室する。やはり、今夜、国王はやって来るつもりだ。 「いや……」 ぞくり、と身体が震える。また、あのような思いをしたくはない。二度と、この身体に触れられたくはない。けれども、時間を稼ぐためには、国王の油断を誘わねばならない。 (ならば) いっそのこと、国王と刺し違えてしまおうか。そんな思いが胸を過ぎる。同時に、そんなことを考える自分に愕然とした。大義のために、他人の命を奪う。そのようなこと、今まで一度たりとも考えたことなどなかったのに。いったい、自分はどうしたのだろうか。サリカは強く衣裳を握りしめた。 「眠れぬのか」 最も聞きたくない声が、耳朶を打つ。サリカは視線をあげた。隣室へと続く隠し扉、向こう側からしか開けることのできぬ扉が、いつの間にか大きく開かれている。そこに佇むのは、国王グレイシス二世。息を呑むサリカのもとに、彼はゆっくりと近づいてきた。 「陛下」 サリカは立ち上がり、貴婦人の礼を取る。グレイシスは「堅苦しいことはするな」というような意味の言葉を呟き、サリカの前に立った。燭台の明かりが、二人の影を壁に映す。大きな影が、小さな影に向けて当然のように手を伸ばした。偉丈夫である国王の力強い腕が、サリカの華奢な身体を絡め取り、横抱きにかかえあげた。一瞬の浮遊感ののち、サリカの身体は寝台へと投げ出される。受け身を取る前に、国王の身体が圧し掛かって来た。年齢には不釣り合いの、逞しい身体。息子とは全く違う。精気みなぎる様子の国王に、サリカは恐怖を覚えた。 焔の色を受け、若干赤みを帯びた双眸は、肉食獣の如き光を放っている。ぎらついた、雄の目。それがサリカの身体をねっとりと眺めまわす。視線で犯されている気がして、彼女は唇を噛みしめた。 「私の子を」 ――俺の子を、 「産むのだ」 ――産め。 国王の言葉と、クラウスの言葉が重なった。サリカは激しくかぶりを振る。 嫌だ。 時間稼ぎとはいえ、これ以上は耐えられない。 「怖がることはない。私がお前を変えてみせよう」 変えられてたまるか。サリカは胸元に伸びた国王の手を振り払う。それを乙女の恥じらいととったか、国王は苦笑しながら同じことを繰り返した。そのたびに、サリカもまた彼の手を払い続ける。 「じらす気か? まあ、よい。夜は長い」 国王がサリカの髪に顔を埋めた。首筋を唇が辿る感触に、サリカは反射的に国王の胸を押しのけようとする。が、当然の如くびくともしない。逆に劣情を煽ったのか、更に強く押さえつけられた。 「今宵はどうした? やけに牙を剥くな」 国王の苦笑に、余裕が感じられる。彼はじっくりと時間をかけて、サリカを手に入れるつもりのようだ。多少の抵抗も、余興と考えているのだろう。従順な女よりも、歯応えがある方がいい――呟きが、サリカの嫌悪感を煽った。 「離せ」 暴れてみるものの、それは全く無駄でしかなかった。依然として国王を払いのけることはできず、激しく動いたぶん、衣裳が乱れ、裾が捲れ上がる。胸元も太腿も、異性の欲望を刺激するように、ゆっくりと露わになっていく。その様子を楽しみながら、国王は慣れた手つきで更に裾をまくりあげ、滑らかな肌に掌を添わせた。 「まさに、絹だな」 感触を楽しむ国王の台詞に、サリカの嫌悪感は頂点に達した。この男にこれ以上触れられたくない。穢されたくない。歪んだ笑みを浮かべながら唇を求めて顔を寄せてくる国王に、クラウスの面影が重なる。 自分は、彼らのために用意された苗床ではない。 自分は――自分に触れてよいのは、 「ディグルも、惜しいことをしたものよ」 (ディグル?) 夫の顔を思い出す。無表情な白銀の貴公子。その顔が、水面に映る影のように、歪んで消えた。代わりに現れたのは、二つの月。褐色の、憂いを帯びた暗い月。 「ジェリオ」 思わず、彼の名を呼んだ。呼べば必ず、彼は来てくれた。クラウスに襲われたときも、まるで頃合いを見計らったかのように現れた。今も、もしかしたら、と。そんなことはあり得ないと思いつつ、サリカは窓辺に向かい手を伸ばした。あの窓から、彼が来てくれたら。ここから救い出してくれたら。 「ジェリオ……」 助けて、と。サリカは繰り返す。国王は耳慣れぬ名を不審に思ったか、動きを止めた。 「ジェリオ?」 男子の名ではないか、そう眉を寄せる彼と、サリカの耳に 「陛下、火急のご用件がございます」 隣室から――隠し扉の向こうから声が聞こえた。年配の侍女の声は、押し殺してはいるもののかなり切迫した様子だった。国王は大儀そうに閉ざされた扉に向けて 「後にせよ」 一声命ずる。しかし、相手はそれを許さなかった。 「宰相閣下よりのご伝言です。早馬が、到着しました」 早馬――サリカと国王、二人の間に緊張が走る。国王は信じられぬと言った面持ちでサリカを見下ろした。早馬と言えば、今現在は王太子派からの奇襲を伝えるそれを真っ先に思い浮かべる。しかし、そうはさせぬよう、妃であるルクレツィアを人質とした。ならば、何を伝える馬なのか。 「セグが、国境を越えたそうです」 続く侍女の言葉に、国王は驚愕し、サリカは瞳に生気を灯らせた。 (ソフィア皇女) 否、本来の姿に戻ったツィスカか。彼女が、セレスティンの要請にこたえてくれたのだ。神聖帝国皇帝の名を出せば、アインザクトは反応する。セレスティンはそう言っていたが、今一つ確信が持てなかった。先日、姿を見せたサディアスは、このことを伝えていたのだ。サリカの予想は正しかった。 そうはいっても、まだ、国境を越えたばかりである。セグ側の国境から王都たるオリアまで、直線距離で馬を飛ばしたとしても、半日強を要する。実際、街道はうねり、上りも下りもあるのだ。そこを歩兵を連れての行軍となれば、更に日数を要する。天候によっては、良くも悪くも予想を越えるだろう。 「まことに、セグか?」 国王の問いに、 「熊の旗が見えたそうです」 侍女が応える。国王は奥歯を噛みしめた。 間違いない。セグ公家の旗印だ。 「これは、お前の差し金か」 くぐもった声は、サリカへの問いかけである。彼女は「さぁ」とのみ答え、薄く笑った。 「ルクレツィア……!」 国王の手が、サリカの首を捕らえる。先程まで彼女を愛撫していたその手が、凶器となってサリカを襲う。首を締めあげられたサリカは、苦痛に悶えつつも抵抗はしなかった。彼に穢されるくらいであれば、殺された方がよい。殺されてしまえば、身を穢されることもないだろう。 なにより、死ねば全てから解放される。 (皇帝は、二人もいらない) 神聖皇帝を名乗るのは、アグネイヤ四世だけでよい。ルクレツィア一世は、静かに消え行けばよい。 ルクレツィア一世を殺害したのがフィラティノア国王だとなれば、帝国側の怒りは彼に向けられる。彼と刺し違えることが出来ぬのが残念だが――サリカは薄れゆく意識の中で、片翼を呼んだ。 ◆ 「陛下、陛下」 扉が激しく叩かれる。その音に、国王は我に返った。ふと見れば、自身の手の中でルクレツィアがぐったりとしている。自分は何をしてしまったのだ、と。彼は慌ててその身体を投げ出すが。 「ルクレツィア?」 返事はない。 とさりと抵抗なく敷布の上に身を投げたルクレツィア、彼女は息をしていなかった。国王は彼女の名を呼びながら、幾度もその頬を打つ。だが、反応はなかった。逆上したとはいえ、切り札を自分自身の手で破棄してしまったとは――グレイシス二世は、愕然とルクレツィアを見下ろす。青白い顔に落ちる火影が、何とも言えず不気味に見えた。半眼を閉じた女帝、古代紫の瞳に炎の赤が入り混じり、何とも言えぬ色を映し出す。投げ出された右手は燭台に、左手は窓辺に向けられていた。何気なしにそちらに目をやれば、十四日目の月が輝いている。女帝の左手は、まるで月を掴もうとしているかのようだった。 ぞく、と悪寒が背筋を這いあがる。 恐怖など感じたことはない、常に豪語していた彼が、初めて恐怖を覚えた瞬間だった。 「陛下、ご無礼致します」 詫びの言葉とともに入室を果たしたのは、宰相である。侍女を使いにやったものの、なかなか訪れぬ国王に業を煮やしたのだろう。営みの最中であろうが、今は非常時とばかりに部屋に押し掛けて来たのだ。そもそも、国の危機と異性との営みを同等に考えるような主君では、仕方がない。色惚けが過ぎるようであれば、首のすげ替えも必要だ――くらいは考えての行動であろうと、痺れた頭の片隅で国王は考えていた。 「これは」 寝台に横たわるルクレツィアを見、宰相は驚きを隠せぬようだった。はじめは快楽によるまどろみに浸っているのだと思っていたらしいが、 「お亡くなりに?」 恐る恐る尋ねてくる。国王は答えず、上着を羽織った。 国王と宰相、二人の姿が、王妃の間から消えた。 残された女帝の始末を言いつけられたのだろう、侍女が使用人をともなって入室してきた。しかし。 「まあ」 ルクレツィア一世は、そこにいなかった。寝台の上にも、下にも。部屋の、何処にも。次の間や今は勿論のこと、王妃の間全てを探しても、彼女の姿は見つからなかった。息を吹き返して何処かに立ち去ったとしても、誰にも見咎められずに部屋を出るのは難しい。 「もしや、窓から?」 侍女は露台に踏み出し、周囲を望むが。当然の如く、そこにもいない。若い娘が、危険を承知で――しかもつい先程まで意識を失っていたのに――それほど機敏に動き回れるはずもない。 女帝はいったい、何処に消えたのだろう。 「ルクレツィア陛下は、魔女なのでしょうか?」 使用人がおそるおそるといった様子で、侍女に尋ねる。彼女は 「滅多なことを言うものではありませぬ」 彼を叱ったのだが。 その実、侍女も疑っていたのだ。ルクレツィアはなにか魔術を用いたのではないか、と。 「ともかく……」 侍女と使用人は、口裏を合わせた。女帝の遺体を白亜宮より運び出し、敷地内に葬った、と。あとは適当に、墓らしきものを用意すればよい。もともと、表に出来ぬ『事故死』である。国王も深く詮議をすることはあるまい。 ◆ 生温かいものが、喉の奥に流れ込んでくる。サリカは反射的にそれを飲み下した。続いて、もう一度。唇に柔らかな感触を覚えると同時に、口中に葡萄酒の香りが広がった。胡椒の効いていない、優しい味。ほんのりと蜜を含んだそれを、ゆっくりと飲みこむ。 開いた瞳に映るのは、暗い褐色の双月。今夜の月は、こんなに暗かったろうか。 「気が付いたか?」 聞こえるはずのない声が、耳元で聞こえる。 「びびらせやがって」 背に回された腕に、力が籠められた。完全に覚醒したサリカは、呆気にとられた表情で彼を見上げた。 どうしてここに、とか。 どうやって、とか。 疑問が次々と湧きあがって来た。だが、口をついて出た言葉は。 「遅い!」 情緒の欠片もないものだった。しかしそれとは裏腹に、彼女は彼にしがみついた。若い筋肉の張りつめた、しなやかな身体。国王のそれとは、まるで違う。自分を包み込む懐かしい感触に、サリカの双眸から涙が零れた。 「今まで、何処に?」 「まあ、色々と」 はぐらかすつもりか。ジェリオは曖昧に答えてから、素早く周囲を見回した。 「詳しい話は、後だ」 言って、彼女を促す。動けるか、と半ば不安げに彼の眼差しが揺れ、サリカは小さく頷き彼から離れる。遠ざかる温もりに一抹の寂しさを覚えたが、悠長なことを言っている場合ではない。辺りに目をやれば、そこは宮廷内の一室――空き部屋のようだった。ジェリオは王妃の間から、彼女をここに運んでくれたのか。ならば、人目に触れることを考えても、国王夫妻の私室からそう遠く離れていないと判断できる。 国王に首を絞められ、意識を失っていたのは、時間にしてどれくらいだったのか。部屋から連れ出されたということは、ルクレツィアが忽然と消えたと騒ぎになっているかもしれない。 「あの助平爺は、あんたを殺っちまったと思ってたみたいだからな。それなりに動揺している。後始末をしに来たおばちゃんも、そこにあんたの死体がなかったから慌ててたな」 その慌てぶりが可笑しかったのか、思い出したらしくジェリオが軽く吹き出した。 が、すぐに真顔に戻り、 「時間がない。これに着替えろ。着替えたら、ここを出るぞ」 ここを、白亜宮を。 果たして見咎められずにそれが適うのか。訝るサリカだったが、ジェリオに渡された服を見て、「ああ」と納得する。それは、衛兵の衣装だった。ほぼ自由に宮殿内を歩くことが出来る、便利なものである。久方ぶりの男装に戸惑うサリカだったが、手早く着替えを済ませた。気を利かせてくれたのか、ジェリオはこちらには目を向けていない。いつになく紳士的な彼の振る舞いに、調子が狂う。 「ナマクラだけどな」 言って差し出された剣を佩き、サリカは立ち上がる。見た目だけは立派な衛兵がそこに現れた。彼女は長い髪を三つ編みにし、背に垂らす。 見ればジェリオも衛兵のなりをしていた。途中誰かと行き合ったとしても、巡回と答えればことは済む。済む、はずだった。 空き室を後にした二人は、静かに廊下を歩む。長いこと白亜宮に潜入でもしていたか、ジェリオの足取りに躊躇いはなく、確実に一つの方向へとサリカを導いた。 「お袋がいたころから、構造は変わってないらしい」 種を明かせば簡単なことである。が、口伝えに聞いただけで此処まで正確に作りを読み取ることが出来るものなのか。サリカはちらりとジェリオを見上げる。 「ここ何日かは、なかをうろついていたしな」 聞けば、サリカが人質として入城する数日前から、彼は白亜宮に潜入していたそうだ。 「だったら……!」 もっと早く助けに来てくれればよかったのに。無理な願いと知りつつも、サリカは心の中でジェリオを詰る。解ってはいるのだ。いま、この時期だからこそ、ジェリオが姿を現したということ。サリカが到着した時点では、まだセグに動きは見られなかった。無論、水面下では動いていたであろう。しかし、サリカに注意を引きつけておく必要性があった。 「セラの……セレスティンの命令なのか?」 男装をしたせいか、口調が昔に戻っている。自身の変化を可笑しく思いながらも、サリカはジェリオに尋ねた。 「そうとも言える」 「どういうことだ?」 「今の俺は、セグの密偵ってところか」 「セグ?」 「ぶっちゃければ、ソフィア大公直属の配下か」 ソフィア、という部分を強調して、彼はサリカに目を向けた。恋敵の名に心臓が重く痛んだが、 「――ツィスカ、だろう?」 余裕の表情でサリカは微笑む。知ってたのか、とジェリオは残念そうだ。 紆余曲折の末にセグの公宮へと潜入を果たした彼は、ソフィア大公と対面した。正確には、幽閉同然で押し込められていた彼女の部屋に忍び込むことが出来たのだ。そこで彼は偶然にもアロイスとも出会い、彼にセレスティンの身内であることを明かし、アインザクトの印を見せることで信頼を得た。 「アインザクトの、印?」 サリカは首を傾げる。ジェリオは幾分気まずそうに、自身の右腕をさすっていた。 「お前は、アインザクトの身内ではないだろう?」 「――そうなったの。そこは突っ込むな」 彼にとっては不本意なことなのか。若干、機嫌が悪くなる。 彼が語る処によれば、白亜宮にサリカがいたことこそが計算外であったそうだ。サリカはアーディンアーディンに立て籠もっているとジェリオは信じていたし、ソフィア大公やアロイスも同様に考えていた。 サリカは和睦の使者という名の生贄としてここを訪れたのだ、と素直に話す。と、ジェリオは盛大に溜息をついた。 「信じるかねえ、狸爺の言葉を」 これだから世間知らずのお嬢さんは、と暗に告げる彼に 「信じたふりをして、時間を稼ぐつもりだった」 サリカは唇を尖らせる。国王の油断を誘い、その間に手を打っていく。現に国王は、今までセグの動きに気付かなかったではないか。 「テオバルト……セレスティンも、動いているみたいだな」 「ああ。彼と合流して、一気に白亜宮を叩く」 サリカは剣の柄を握りしめた。 前を行くジェリオの背を見つめ、ひたすら彼に合わせて歩を進める。 見失ってはいけない。彼を、見失ってはいけない。 暗闇に灯る唯一の明かりのように、ジェリオの姿だけが今のサリカの指標であった。 |
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